パウエル・ショック前後の日経平均株価チャート


2018年2月6日(火)、前日のダウ平均株価の暴落を受けて日経平均株価は急落、前日比-1071.84円安の21,610.24円で引けました。この急落局面は、前日(2月5日)に米連邦準備制度理事会(FRB)の就任宣誓式を行ったパウエル新議長にちなんでパウエル・ショックと呼ばれます。この前後の日経平均株価チャートを投稿します。

パウエル・ショックの時系列

2月6日(火)に日経平均株価暴落する前に、米国を舞台として、好調な雇用統計を発端とした金利急騰・株安騒動がありました。

雇用統計が利上げを示唆

2018年2月3日(金)に米国雇用統計が発表されました。予想よりも良い数値であったため、利上げのペースが上がる事が連想され、米国債の金利が急上昇しました。株式よりも債券への投資妙味が増し、株が売られ、ダウ平均株価は前日比665.75ドル安となりました。

1月の米雇用統計は非農業部門の就業者数が前月比20万人増と、市場予想の18万人増を上回った。賃金は前年比で2009年6月以来の大幅な伸びとなり、米連邦準備理事会(FRB)が年内の利上げペースを加速させる可能性があることが意識された。

これを受け、米10年債利回りは2.8450%と、2014年1月以来の高水準をつけ、株式よりも米債への投資妙味が高まった。

出典:ダウ666ドル安、約9年ぶりの大幅な下げ幅 米債利回り急上昇で

パウエルFRB新議長の就任宣誓式と株価暴落

週が明け、2月5日(月)にパウエルFRB新議長の就任宣誓式が行われました。目新しい内容は無く、年4回の利上げが視野に入り米国債の利回りは更に上昇しました。これを受けて米国株は利益確定売り・手仕舞い売りを巻き込み暴落、ダウ平均株価の終値は前週末比1,175.21ドル安の24,345.75ドルになりました。

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル新議長が就任宣誓式を行った5日、ニューヨーク株式市場が過去最大の下げ幅を記録した。株価急落はFRBの利上げが加速することへの警戒が誘因になっており、3月の追加利上げを予想する見方が市場で強まる中、パウエル氏には、議長に求められる「市場との対話」の資質が早々に問われる多難な船出となりそうだ。

 パウエル氏は5日、「金融政策を通じて経済成長の維持と健全な雇用市場、物価安定を支える」との声明を発表した。内容に新味はないが、前週末2日から週明け5日に続く株価急落は、従来3回と想定された年内利上げ回数が4回に増える可能性を市場が視野に入れ始めた中で起きた。

出典:パウエルFRB新議長、多難な船出 「市場との対話」早々に試練

ダウ平均は朝方から大幅に下げて始まった。米長期金利の指標である10年物国債利回りが5日未明に一時2.88%と前週末から水準を切り上げた。金利上昇で企業の資金調達コストが増すうえ、個人消費も抑制し米景気の足かせになるとの警戒感が広がった。投資家が運用リスクを回避する姿勢を急速に強めた。

出典:米国株、急落 ダウ1175ドル安で史上最大の下げ幅、調整局面入りとの見方

日経平均株価チャート


それまで好調に推移していた日経平均株価でしたが、2018年2月6日(火)、前日のダウ平均株価の暴落を受けて始値から安く始まりました。株価の下落は上昇相場に慣れていた投資家の狼狽売りを誘い、場中にも下げ幅を拡大し、この日は前日比-1071.84円安の21,610.24円で引けました。

その後も株価回復には至りませんでした。急落局面が株価のボラティリティを跳ね上げた結果、金融工学的に株式投資のリスクの側面が強調され、保有株の圧縮のための株売りが起こりました。特にリスクパリティ法による運用者は株売りに傾きました。これらの株売りは、株価の回復の妨げとなりました。

ブラックマンデー(1987年)前後のダウ平均株価チャート


1987年10月19日(月)に、米国ニューヨーク株式市場に起こった過去最大規模の暴落ブラックマンデー(Black Monday)と呼びます。

当時のダウ平均株価チャートを作成しました。

ブラックマンデー前後のダウ平均株価チャート

ブラックマンデーは明確なネガティブサプライズなしに、売りが売りを呼んだ事で、株価が暴落しました。



チャート作成の元データは株価データ倉庫から取得しました。

前日比-22.6%の大暴落

1987年10月19日(月)のダウ平均株価は、前の営業日比で507.99ドル安(-22.6%)という下げ幅を記録する大暴落となりました。翌20日には安値1,616.21ドルをつけており、ブラックマンデー前10月16日の終値と比べて-28.1%の水準です。短い時間に大きく売られた事が分かります。

米国の株価大暴落は世界へ波及

ニューヨーク株式市場の暴落は、世界各国の株式市場へと波及しました。

日本の株式市場は1987年10月20日(火)に暴落しました。この日の日経平均株価の始値は、高値と等しく25,745円です。終値は安値と等しく21,910円です。チャートは陰の丸坊主を形成し、場中に3,835円を下げる大暴落となりました。前日比では3,837円安(-14.9% )の暴落でした。

その後

ブラックマンデーの後、ダウ平均株価は下げ止まり緩やかな上昇基調となりました。ただしブラックマンデーによるダウ平均株価の下落幅があまりに大きかったために、元の水準(ブラックマンデーの前日の終値2246.73ドル)に戻るのは1989年1月24日に終値2256.43ドルをつけるまで待たされることになりました。

フラッシュ・クラッシュ(2010年)前後のダウ平均株価チャート


2010年5月6日、わずか数分の間にダウ平均が1000ドル近く下落しました。この瞬間的大暴落はフラッシュ・クラッシュと呼ばれています。フラッシュ・クラッシュが起きた前後のダウ平均株価チャート(日足)を作成しましたので投稿します。

フラッシュ・クラッシュとは?

2時40分、ダウ平均株価は急落し始め、わずか数分の間に1000ドル近く下落、出来高は190億株に達した。当初、誤発注など様々な原因が指摘されたが、調査報告書では「複数の要因が重なったためであり未だ明らかではない」とされている。
NYSE(ニューヨーク証券取引所)およびナスダックの上場株の取引分散化がここ数年で急速に進んでおり、注文は最大50カ所に分散され、電子取引される。取引所の分散による大量注文、高速取引、アルゴリズム取引などの要因が組み合わさって起こった可能性が考えられている。

出典:フラッシュ・クラッシュとは(Hatena keyword)

ダウ平均株価チャート



元データを株価データ倉庫から取得し、チャートを作成、投稿しています。

フラッシュ・クラッシュの前日までの動き

上昇基調にあったダウ平均株価は4月12日以降にレンジ相場を形成し、11,100ドルを中心に±100ドル程度の比較的狭い範囲を動いていました。その後5月4日に下方へブレイクし、一時10,900ドルを割りました。フラッシュ・クラッシュの前日5月5日は、10,866.83ドルで引けました。

つまり、フラッシュ・クラッシュの前日には、買いが出尽くして上昇相場の終焉を示唆するチャートが形成されていました。

フラッシュ・クラッシュ当日

5月6日のダウ平均株価は、一時的に大暴落し、安値9,869.62ドルをつけました。これは前日比997ドル安(-9.17%)に相当します。売りが売りを呼び、パニック的な暴落となりました。ただしその後、相場は落ち着きを取り戻し急回復、終値は10,520.32ドルとなりました。

その後のダウ平均株価

その後のダウ平均株価は一時的に上昇局面に転じた日もありましたが、下落基調となりました。下落基調は2010年7月2日までのおよそ2カ月間続きました。この7月2日に、ダウ平均株価は9,614.32ドルをつける局面もありました。7月2日より後は、ダウ平均株価は上昇基調へと変化しました。


こうして振り返ってみればフラッシュ・クラッシュは、高値警戒感のある水準で発生した暴落であると言えます。

セルインメイ(2013年)前後の日経平均株価チャート


2013年5月23日の株価大暴落は、セルインメイと呼ばれます。その前後の日経平均株価チャートを作成しました。

セルインメイ(2013年)とは?

概要

2013年5月23日に、明確な理由なく国内市場の株価が暴落しました。

当時アベノミクスの景気刺激策により株価は高値圏にありました。そこへ短期筋の国債先物と日経平均先物への同時売り仕掛けがありました。それを引き金に、アルゴリズムの暴走と個人投資家の狼狽売りが始まりました。

そして売りが売りを呼ぶ形で、株価は暴落しました。この出来事はセルインメイ(2013年)と呼ばれます。

別名

別名①:矢口ヤリーマンショック

セルインメイは、当時あまりに明確な原因が無かったため、当時話題となっていたタレント矢口真里の不倫騒動に関連して、矢口ヤリーマンショックと呼ばれる事があります。

矢口ヤリーマンショックは、「株やってる人たちの流行語大賞2013」にノミネートされました。

別名②:バーナンキ・ショック

現在ではこの暴落は、バーナンキFRB議長(当時)が量的緩和の縮小を示唆する発言があった事が原因であったと後講釈され、バーナンキ・ショックとも呼ばれます。

バーナンキ・ショックは、2013年5-6月に発生した、アメリカ合衆国の連邦準備制度理事会(FRB)の第14代議長を務めたベン・バーナンキの発言を引き金とした世界的な金融市場の混乱(動揺)をいいます。これは、2013年5月22日に、当時のバーナンキFRB議長が、今後幾度かの会合を経て、債券の購入ペースを徐々に減速することで量的緩和を縮小する可能性を示唆し、さらに2013年6月19日には、FRBが今年中に債券の購入金額を減額し、2014年半ばに完全に終了する可能性があるという一段の踏み込んだ発言をしたことにより、世界的な流動性懸念が生じ、新興国の通貨や株式などから資金が流出し、市場に大きな動揺をもたらしました。

出典:バーナンキ・ショック(iFinance)

日経平均株価チャート

下図は、セルインメイ(2013年)前後の日経平均株価チャートです。

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元データは株価データ倉庫から取得しました。

セルインメイ前

セルインメイの前は、アベノミクスによる多くの景気刺激策が発表され、株価は一本調子に上昇していました。

値固めの少ない一本調子の株価上昇では、テクニカル指標における明確な支持線が形成されません。そのため、売り仕掛けが成功しやすい相場の地合いとなっていました。

セルインメイ当日

セルインメイ当日の2013年5月23日の日経平均株価は、前日比プラス圏でリーマンショック後最高値の15,739.98円で順調に始まりました。更に場中には前日比+315.34円(+2.02%)に相当する高値15,942.6円をつける局面もありました。

ところが途中から売り仕掛けが入り、パニック売りに発展し株価は暴落しました。結局この日、終値(かつ安値)が14,483.98円の安値引けになりました。この株価水準は前日比で1,143.28円安(-7.32%)に相当する大暴落です。

セルインメイ後

短期的な調整局面へ

セルインメイはそれまでの上昇トレンドを反転させました。セルインメイを境として、以降株価は下落を続け、6月13日には12,415.85円をつけるに到りました。

長期的な上昇トレンドは崩れず

セルインメイの後、好調な世界景気を背景として、株価は回復しました。つまり、結果的に長期的な上昇トレンドは崩れませんでした。

下図はセルインメイ前後の日経平均株価の長期チャートです。2013年7月18日にはセルインメイを発端とする調整局面のおよそ半値戻しに相当する高値14,827.73円をつけました。更に2013年12月24日には、セルインメイの当日の高値を超える16,029.65円をつける局面もあり、全値戻しを達成しました。

関連・その他

本来のSell in May

近年では5月に起きた大暴落をセルインメイと呼ぶ事が増えました。ですが、本来「セルインメイ」は異なる意味の投資格言です。

元の格言は「Sell in May and Go Away But Remember to Come Back in September. (5月に売って相場から離れよ。けれど9月に戻ってくる事を忘れるな。)」です。

5月から9月にかけての株価は低迷しやすいというアノマリーのため、5月に売ると良いと言われているのです。

売りが売りを呼んだ暴落

明確な理由なく売りが売りを呼んだ事が原因で暴落した相場は、セルインメイの他にブラックマンデー(1987年)や、ITバブルのフィナーレ暴落(2000年)が有名です。

ブラックマンデーでの暴落は、平成バブル景気の最高値に向かう過程での値固めとなり、絶好の押し目となりました。一方でITバブルのフィナーレ暴落では株価は元の水準には戻らず下落を続け、株価は2003年4月のITバブル崩壊の底値へと下がり続けました。

ITバブルのフィナーレ暴落(2000年) 当時の日経平均株価チャート


インターネット関連企業が注目され、株価が高騰したITバブルインターネットバブル)は、2000年に崩壊を始めました。特に2000年4月17日(月)の日経平均株価は前日比6.98%安の暴落となり、この日の暴落は「ITバブルのフィナーレ暴落」と呼ばれています。

その当時の日経平均株価のチャートを作成しました。

2000年4月17日前後の日経平均株価チャート

2000年4月17日(月)は、ITバブルのフィナーレと言える暴落です。下図は、4月17日(月)前後の日経平均株価チャートです。

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チャート作成の元データは株価データ倉庫から取得しました。

暴落の3営業日前がITバブル最高値

フィナーレ暴落の3営業日前が日経平均株価のピークでした。

2000年4月12日に日経平均株価は終値(かつ高値)20,833.21円をつけました。この20,833.21円という値は、ITバブルでの日経平均株価の最高値となりました。

NYダウの急落を受け、売りが売りを呼び暴落

フィナーレ暴落前日のNYダウの急落(617.78ドル安)を受け、2000年4月17日の日経平均株価は寄り付きから崩れました。前日比で1,426.04円安(6.98%安)の暴落となりました。

上記チャートの通り、暴落前は順調な上昇局面でしたが、この日を境に株価は下落トレンドに入りました。

詳細は下記のリンク先が詳しいです。

相場急落の恐れがあるとき(平均株価研究会)

この暴落は、高値圏での売り仕掛けの成功と言える暴落でした。売りが売りを呼んだタイプの暴落と言えそうです。

日経平均構成銘柄の大幅変更の寄与

なお、日経平均株価の構成銘柄大幅変更(30銘柄入れ替え)が4月15日(土)に発表され、4月24日に実施されています。入れ替えを受け、指数から除外される銘柄に売りが集中した事は、日経平均株価下落要因と言えます。

日経平均株価チャート②(長期チャート)

下図は前述のチャートよりも長期のチャートです。順調に上昇し、4月17日に突如暴落し、下落トレンドに入った様子がうかがえます。

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2000年をピークにインターネット・バブルは崩壊しました。その後も日経平均株価は下落を続け、半値以下の水準まで売り込まれました。そしてソニーショック翌営業日である2003年4月28日に、日経平均株価は1982年以来の最安値7603.76円をつけるに到りました。

関連・余談

ダウ平均株価の急落の理由

日経平均株価暴落の発端となった4月14日(金)のダウ平均株価の暴落には、明確なネガティブ・サプライズがありませんでした。強いて言えば、消費者物価指数(CPI)が良く、利上げの警戒売りと利益確定の売りが売りを呼び暴落となったと説明されます。

14日に発表された米国の消費者物価指数(CPI)が市場予想を上回ったことで、米連邦準備制度理事会(FRB)が今後行うとみられる利上げの幅が拡大すると警戒されたことから、同日のニューヨーク株式市場は大荒れ。ダウ平均株価は617.78米ドル、ナスダックは355.49ポイントと、それぞれ過去最大の下げ幅で取引を終えた。

出典:週明けの香港株式、NY暴落ショックで大幅安か(アジア経済ニュース 2000/04/17(月))

ITバブル崩壊後のNASDAQ指数

ITバブル崩壊日経平均株価は大きく下げましたが、米国のNASDAQ総合指数は更に大きく下げました。

インターネット・バブルの最盛期である2000年3月10日、NASDAQ総合指数は5,132.52ポイントをつけました。その後バブルの崩壊と共に指数は下がり続け、2002年10月10日に1,108.49ポイントをつけるまで下落しました。78%以上の下落に相当します。