東京オリンピック(1964年)前後の日経平均株価チャート

東京オリンピック(1964年)前後の日経平均株価チャートを作成しました。このチャートを元に、当時の経済動向についてまとめます。オリンピック景気で日経平均株価は、オリンピック開催の1年半前の1963年4月5日に、高値1,634.37円をつけましたが、その後、株価は下落し、証券不況が訪れました。

東京オリンピック(1964年)

1964年(昭和39年)の東京オリンピックは、第18回オリンピック競技大会にあたり、1964年10月10日(土)から24日(土)までの15日間にわたり開催されました。

東京オリンピック1964(日本オリンピック委員会)

Wikipediaにも詳しい記述があります。

日本及びアジア地域で初めて開催されたオリンピックで、また有色人種国家における史上初のオリンピックでもある。 歴史的には、第二次世界大戦で敗戦し急速な復活を遂げた日本が、再び国際社会の中心に復帰するシンボル的な意味を持つ。 過去最高の出場国数。

東京オリンピック(Wikipedia)

オリンピック前後の日経平均株価

下図は1964年東京オリンピック前後の日経平均株価チャートです。


値は株価データ倉庫から取得し、チャートに加工した上で投稿しています。

岩戸景気による高値

チャートの表示期間における高値は、1961年7月18日につけた1,829.74円です。オリンピックの3年前の時期に相当します。

岩戸景気(1958年7月~1961年12月)により株価が上昇していましたが、この日を境に景気調整を警戒した売りが入り、株価は下落しました。岩戸景気の後、昭和37年不況と呼ばれる短期間(10カ月)の不景気が訪れました。

オリンピック景気と株価の高値

1962年(昭和37年)11月から1964年(昭和39年)10月までがオリンピック景気の期間に相当し、内閣府の景気基準日付では第5循環の拡大期にあたります。

景気基準日付(内閣府)

オリンピック景気による高値としては、1963年4月5日に1,634.37円をつけました。株価が高値をつけたのは、オリンピック開催の1年半前の時期にあたる事になりました。その後は株価は下落を続けました。

オリンピック景気は1964年10月まで続きますが、株価は景気に先行して動きますので、早めに売り注文が入った事が読み取れます。

オリンピック後の証券不況

オリンピックの後、証券不況と呼ばれる景気後退局面が訪れました。日経平均株価は下落を続け、1965年7月12日には1,020.49円をつけました。

証券不況ついての記述も、Wikipediaに詳しいものがあります。

高度経済成長期の只中、東京オリンピックや新幹線の整備などによる総需要の増加(オリンピック景気)で、日本経済は高い経済成長を達成していた。経済成長は同時に証券市場の成長も促し、投資信託の残高は1961年に4年前の約10倍となる1兆円を突破した。この勢いは、当時、「銀行よさようなら、証券よこんにちは」というフレーズが流行るほどだった。

しかし、1964年に東京オリンピックが終了し、金融引き締めも重なると、企業業績の悪化が顕在化した。1964年にサンウェーブと日本特殊鋼(現大同特殊鋼)が、1965年には山陽特殊製鋼が負債総額500億円で倒産した(山陽特殊製鋼倒産事件)。

証券不況(Wikipedia)

日本銀行がマイナス金利導入を決定(2016年) その前後の日経平均株価チャート

2016年1月29日(金)に日本銀行が、マイナス金利の導入を決定しました。当時の日経平均株価チャートを作成・投稿します。

日経平均株価チャート

下図は、マイナス金利導入の決定前後の日経平均株価チャートです。マイナス金利の導入が決定された2016年1月29日(金)前後の範囲をプロットしました。

boj-negative-interest2016-n225

株価データ倉庫から元データを取得し、それを加工してチャートを作成しました。

マイナス金利導入決定

マイナス金利の導入が決定された1月29日の日経平均株価は、始値17,155.06円、高値17,638.93円、安値16,767.09円、終値17,518.3円となりました。高値から安値まで871.84円もある乱高下の相場となりました。

場中にマイナス金利が発表され、追加緩和と見た投資家が買い向かい、一時的に株価は高騰しました。ところがその後、マイナス金利が適用される範囲が部分的であり大きくはなく、政策の緩和効果が小さいと明らかになった事で、一転して株は売られました。

この日発表されたマイナス金利は?

この日、日銀から発表された内容は次の通りです。日銀は金融機関から預かっている当座預金の一部の金利をマイナスに引き下げる事を決めました。(当座預金の金利が一括してマイナス値になるわけではありませんでした。)日銀の金利は、基礎残高に対して0.1%・マクロ加算残高に対して0%・それ以外の部分に対してマイナス0.1%に設定される事が決まりました。

これらの区分の内訳・詳細は、下記のpdfファイルで閲覧できます。

翌営業日は高いも、その後は銀行株が売られて行く

翌営業日の2月1日の日経平均株価は、高値17,905.37円まで買われました。

その後は、マイナス金利による銀行の収益圧迫の懸念から、銀行株が売りを浴び、日経平均株価は下落を始めました。

原油価格主導相場へ

マイナス金利(緩和政策)の発表によるの株価への好影響は、長くは続きませんでした。その後、原油安に起因する世界的な株安を受け、日経平均株価も値を下げました。

原油安による株価下落

マイナス金利発表後、原油安に起因する円高などの外部要因が日本株の下落の要因となりました。

当時、先行きに不安を抱える投資家が、比較的安全な資産とされる円を買う動きを急速に強めていました。結果として約2週間で11円近い急激な円高が進んでいます。この円高による輸出企業の業績悪化の予測から、日本の主力株が売られました。

そして2月11日には銀行の信用不安を抱える欧州株式市場が総崩れしました。これらを受け、日経平均株価は2月12日には、安値14,865.77円をつけるに至りました。

株の下落率、ITバブル崩壊に迫る アベノミクス黄信号(朝日新聞DIGITAL) ※リンク切れ

原油高と押し目買い

その後、原油高と欧州・米国の株高や円安を受け、日経平均株価は上昇に転じます。割安と見た投資家の買い・買い戻しや、リバランス買いが更に株価を上昇させました。特に2016年2月15日は日経平均株価の反発・上昇の幅が大きく、前日比で1,069.97円高い16,022.58円が終値となりました。

ちなみに、この上昇幅は歴代14位にランキングされています。(2017年7月18日現在)

日経平均、一時1000円超上昇(朝日新聞DIGITAL) ※リンク切れ
上昇・下落記録(日経平均プロフィル)

日本銀行がゼロ金利政策を実施(2008年) その前後の日経平均株価チャート

2008年12月19日に、日銀は政策金利を0.3%から0.1%に引き下げました。その前後の日経平均株価チャートを作成・投稿します。

利下げ

2008年12月19日に、日銀は政策金利である無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標を0.2%引き下げ、0.1%とする事を発表しました。利下げは、公表後直ちに実施されました。

日経平均株価チャート

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元データは株価データ倉庫から取得しました。

株価は一旦上がるも、その後下落へ

金利低下により、2009年1月は株高で始まります。ところがやはり、リーマン・ショックの金融危機と円高が日本経済に与える悪影響は大きく、その後株価は失速しました。2009年3月10日には終値で7,054.98円をつけ、終値ベースでのバブル後最安値を更新しました。

当時の株・為替

当時はリーマン・ショックによる未曾有の金融危機で騒がれた時代でした。その頃の株・為替について、下記の記事に詳細を記載しています。

当時の金融政策

当時の金融政策については、下記のリンク先の記事が詳しいです。

ゼロ金利政策解除(2000年) 利上げ後に日経平均株価はどう推移したか?

2000年(平成12年)8月11日の金融政策決定会合で、ゼロ金利政策の解除が決定されました。

この利上げは短期的には株価上昇要因になり、長期的にはインターネットバブル崩壊を伴う株価下落要因になりました。当時の日経平均株価チャートを作成しましたので投稿します。

ゼロ金利政策の解除

1999年(平成11年)末には、アメリカのIT景気の波及で日本にも急速な景況改善が見えていました。これを受けて、2000年(平成12年)8月11日の金融政策決定会合で、ゼロ金利政策の解除が決定されました。

無担保コール翌日物の誘導目標が、従来の0.15%から、0.25%に利上げされたわけです。

当時、日銀はデフレ懸念が払拭されたとしていた一方で、政府や日銀の外部では時期尚早という見解が大半であったようです。ゼロ金利政策については、wikipediaの記述が詳しいです。

ゼロ金利政策(wikipedia)

なお、日本の政策金利の長期的な推移は、下記のページにまとまった資料が掲載されています。赤色が利上げ、水色が利下げなので、政策金利の動向が分かりやすくなっています。

日本の政策金利の推移(政策金利の推移)

日経平均株価チャート

下図は、ゼロ金利政策の解除が決定された2000年8月11日前後の日経平均株価チャートです。

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一般的には金利が上がれば、企業活動の負担が増えるために加熱していた景気は冷却されます。そして株価は下落するのが普通ですが、ところが2000年の利上げでは逆に株価が上がる事になりました。

8月11日は16,117.5円で引けた日経平均株価は、8月29日には高値17,210.8円まで買われました。なお、当時インターネットバブルITバブル・ITブーム)の真っ只中で、情報通信株やITベンチャー株が異常なまでに買われていました。

利上げで下がるはずの株価が、逆に上がる理由

本来、利上げは株価下落要因です。にもかかわらず、利上げで株価が上昇する事があります。その理由として考えられる事を列挙します。

利上げが景気回復のメッセージとなった

利上げが決定された事は、中央銀行が利上げを決定するのに十分良好な景気状態であると考えている事と同じです。

それが投資家に伝わり、結果として投資家は利上げを好感し、株を買い向かいます。

材料出尽くしの買い

景気が上向き基調で、それ以上の悪材料が無いと考えられている場合、悪材料出尽くしによる買いが入り株価が上昇する事があります。

売り手筋の買い戻し

一般的に利上げは株価下落要因ですが、利上げと株価下落を予想し株を売っていた投資家は、利上げ後に買い戻す事になります。

利上げを多くの投資家が予想していた場合、この買い戻しが大きくなり、結果として株価の上昇要因となります。

債券売り

利上げは債券価格の下落を招きます。この債券売りでダブついた投資マネーが株式に回り、株価の上昇に繋がります。

金余りの環境では、利上げによる債券売りと株買いが起こります。

その後の日経平均株価

利上げ直後は上昇した日経平均株価でしたが、その後は下がり続けました。

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ゼロ金利政策解除はインターネットバブルITバブル)の崩壊の要因となり、異常なまでに買われていた情報通信株やITベンチャー株は売りを浴びました。

日経平均株価も下がり続け、2001年の3月15日には安値11,433.88円を付けています。

結局日銀は2001年2月28日に利下げを決定し、金利水準は元の0.15%に戻りました。ここで再開されたゼロ金利政策は、2006年7月14日まで継続される事になりました。