イラク戦争(2003年)開戦前後のダウ平均株価チャート

イラク戦争は、アメリカ合衆国が主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦しました。下図はその前後のダウ平均株価チャートです。


2000年のドットコムバブル(インターネットバブル)崩壊の影響で下落基調であったダウ平均株価は、イラク戦争開戦後に回復を始めます。米国は世界で最も軍事産業が盛んですので、侵略戦争は経済活動を活発にするのです。(迷惑な国ですね。)

その後、加熱した投資マネーは住宅価格を上昇させ、サブプライム危機の原因として知られる米不動産バブル(2006年中盤頃ピーク)を形成して行く事になります。

より馬鹿理論

より馬鹿理論とは、「モノの値段が本質的価値によって決まるのではなく、マーケットの参加者の非合理的な信念や期待によって決まる」というものです。もっと高い値段で買う人がいるという信念があれば、高い値段で買う事は合理的です。たとえ馬鹿な値段(高値)で買ったとしても、後でもっと馬鹿な値段(更なる高値)で売れれば儲かるからです。

不動産投資においては、不動産の価格は必ず値上がりするという土地神話が成り立つと考えるならば、不動産を買う事は合理的です。株式投資や芸術作品への投資でも同様です。

バブル相場が発生するのは、「高値で買っても儲かる」と考える投資家が買付けを行うからです。ただし、バブルは崩壊するものです。もっと馬鹿な人に売ろうと考えて売り損なった投資家は、バブル崩壊時にババを引き、自分が一番馬鹿だと気付く事になります。

ちなみに資産運用において、馬鹿な値段での買付けでも合理的な値段での買付けでも「誰に売りつけて儲けるか?」の視点を持つ事は重要です。売る時の相場をイメージし、保有銘柄を点検するもの良いでしょう。

イラク戦争(2003年)開戦時の日経平均株価チャート

イラク戦争開戦時の日経平均株価チャートを作成しました。

イラク戦争は、アメリカ合衆国が主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦しました。下図はその前後の日経平均株価チャートです。

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かつて2000年のインターネットバブルの時期に、日経平均株価は2万円台に乗っていましたが、イラク戦争開戦前はバブルは崩壊後暫く経っており、日経平均株価は8,000円を割る状態でした。イラク戦争開戦前は、戦争が始まれば米国経済へ悪影響があるとの考えから、株は更なる売りを浴びていました。

開戦後は一旦、材料出尽くしの買いが入っています。結果的に、開戦直前が株価が低い状態となりました。

その後、ソニーショックでの株価下落を経て、日経平均株価上昇基調に入る事になりました。

ソニーショック(2003年) ソニーの決算発表の日経平均株価への波及

ITバブルのフィナーレ暴落(2000年) 当時の日経平均株価チャート

インターネット関連企業が注目され、株価が高騰したITバブルインターネットバブル)は、2000年に崩壊を始めました。特に2000年4月17日の日経平均株価は前日比6.98%安の暴落となり、この日の暴落は「ITバブルのフィナーレ暴落」と呼ばれています。

その当時の日経平均株価チャートを作成しました。

2000年4月17日前後の日経平均株価チャート

2000年4月17日は、ITバブルのフィナーレと言える暴落です。下図は、4月17日前後の日経平均株価チャートです。

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チャート作成の元データは株価データ倉庫から取得しました。

暴落の3営業日前がITバブル最高値

フィナーレ暴落の3営業日前が日経平均株価のピークでした。

2000年4月12日に日経平均株価は終値(かつ高値)20,833.21円をつけました。この20,833.21円という値は、ITバブルでの日経平均株価の最高値となりました。

NYダウの急落を受け、売りが売りを呼び暴落

フィナーレ暴落前日のNYダウの急落(617.78ドル安)を受け、2000年4月17日の日経平均株価は寄り付きから崩れました。前日比で1,426.04円安(6.98%安)の暴落となりました。

上記チャートの通り、暴落前は順調な上昇局面でしたが、この日を境に株価は下落トレンドに入りました。

詳細は下記のリンク先が詳しいです。

相場急落の恐れがあるとき(平均株価研究会)

この暴落は、高値圏での売り仕掛けの成功と言える暴落でした。売りが売りを呼んだタイプの暴落と言えそうです。

日経平均構成銘柄の大幅変更の寄与

なお、日経平均株価の構成銘柄大幅変更(30銘柄入れ替え)が4月15日(土)に発表され、4月24日に実施されています。入れ替えを受け、指数から除外される銘柄に売りが集中した事は、日経平均株価下落要因と言えます。

日経平均株価チャート②(長期チャート

下図は前述のチャートよりも長期のチャートです。順調に上昇し、4月17日に突如暴落し、下落トレンドに入った様子がうかがえます。

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2000年をピークにインターネット・バブルは崩壊しました。その後も日経平均株価は下落を続け、半値以下の水準まで売り込まれました。そして2003年のソニーショックの翌営業日4月28日には、日経平均株価は1982年以来の最安値である7603.76円をつけるに到りました。

バブル経済の形成と崩壊

バブル経済の形成と崩壊についてまとめます。

バブル経済は低金利で溢れたお金が資産に向かう事で形成されます。資産価値の高騰は供給を増やし需要を減らします。高騰した資産に買い手がつかなくなった時、バブルは崩壊します。バブル崩壊後の資産価値の下落は経済を悪化させます。

バブルの形成

多くのバブルは、低金利により溢れたお金が資産に向かう事で形成されます。いくつかの例を挙げます。

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平成バブル

例えば日本の平成バブルは、プラザ合意(1985年)後の円高不況の対応のための低金利政策が発端となりました。

低金利により企業はお金を活用しやすくなり、経済活動が活発になりました。企業は本業以外にも財テク(財務テクノロジー)により資産を増やそうとしました。余剰資金は値上がり益(キャピタル・ゲイン)が期待できる土地や株に向かい、地価・株価は高騰しました。

バブルの発生と崩壊

米国住宅バブル

リーマン・ショック2008年)を引き起こした米国住宅バブル(2005年〜2006年)は、インターネットバブル(2000年)の後の米国の低金利政策を発端としています。低金利政策により溢れたお金に加え、当時急成長ていたアジア諸国や産油国から巨額の外資が米国に流入し、住宅価格を高騰させました。

サブプライム住宅ローン危機(wikipedia)

バブルのピーク

バブルのピークでは、急激な価格の高騰が起こります。

例えば住宅バブルでは不動産価格が上がっていった後、本当に住宅が欲しい人が急いで買うため不動産価格の高騰に拍車がかかりました。

実需は、価格が理論値(ファンダメンタルズ)と乖離していても買い付けを行うものです。この価格の高騰は、供給を増やし、需要を減らし続けます。実需がある間、価格は上がり続け、実需が無くなれば価格は急落を始めます。

理論値から大きく乖離するに到る価格の急騰と、その後の急落は、バブルの特徴です。

バブル崩壊

バブルのピークが過ぎれば、急激な資産価値の下落が起こります。資産価値の下落は、さまざまな側面から経済を悪化させます。

債務超過による消費の抑制

資産価値が急落すれば、債務超過に陥る企業や家計が急増します。お金が無ければ、積極的な消費は抑制され、経済は悪化します。

所得が上がれば消費が増え、所得が下がれば消費が減る効果を所得効果と言います。バブル崩壊後は、所得効果により消費が減り、経済活動の悪化が進行します。

供給過多によるデフレ圧力

価格高騰時に供給が増えているため、バブルが崩壊すれば、需要と供給の不均衡により価格の下落に歯止めがかかりにくくなります。

供給は簡単には減りません。住宅バブルであれば、着工した不動産は(普通)完成しますし、原油バブルであれば完成した採掘施設が石油を掘り出し続けます。そしてこの供給過多は強いデフレ圧力となり、経済活動の悪化に繋がります。

金融機関の機能不全

不良債権の増大は、金融機関の投資・貸し出しを慎重にします。金融機関がお金を貸す機能を失えば、市場へお金が回らなくなり経済を悪化させます。

金融機関が、経営に問題がない企業に対しても貸し出しに慎重になり、新たな融資を断ることを「貸し渋り」と言います。既存の融資を引き揚げたりすることを「貸し剥がし」と言います。バブル崩壊後は、このような金融機関の機能不全が深刻化します。

参考・関連

日本の平成バブル

日本の平成バブルについての詳細は、下記の記事が詳しいです。平成バブルの形成から崩壊までの過程が、政策・当時の経済状況とともに、非常に詳しく記述されています。

日本のバブル時代のすごさ&バブル発生〜崩壊の理由をわかり易く解説(ペペラといっしょ)

バブルの歴史

下記の「バブルの歴史」には、バブルについての資料が凝縮されています。一つ一つの記事は短いので読みやすい構成です。日本のバブルのみならず、海外のバブルや、バブルの歴史についてのコンテンツが含まれます。

バブルの歴史(株式会社MRI三菱総合研究所)