バブルであるかどうかの判別のためのジニ係数


資産価値の高騰がバブルであるかどうかは、古典的な投資教本には「バブルが崩壊して初めて分かる」と記載されています。その一方で、バブルかどうかを判断する指数を考え、バブルとその崩壊を予想する立場の人々もいます。特に、バブルの崩壊は「価格水準がピーク」のときに起きるのではなく、むしろ「価格の偏りがピーク」のときに起きるのではないか、という仮説があります。この仮説において、バブル判定の材料の1つがジニ係数です。ジニ係数は富の偏りを表すパラメータで、これが大きくなればバブルですので、いずれバブルは崩壊すると予想されます。

ジニ係数

最初にジニ係数についてまとめます。ジニ係数は富の偏りを表すパラメータです。ジニ係数を算出するためには、まずはローレンツ曲線を作ります。ローレンツ曲線は、「下位xパーセントの人の資産の合計が全資産のyパーセントにあたる」という点(x,y)を繋いだものです。

もしも資産が平等に配分されていれば、ローレンツ曲線は点(0,0)と点(100,100)を結ぶ直線になります。下図はwikipediaに掲載されているローレンツ曲線に関する図ですが、 Line of Equality と書かれた直線がそれです。実際には資産は偏り、上位の一部の人が持っている富が多いため、ローレンツ曲線は右側で急激に伸びる形になります。下図の Lorenz curve がローレンツ曲線です。

出典・詳細:ジニ係数(wikipedia)

ジニ係数は、上図のAの面積をAとBの各面積の合計で割ったものに等しくなります。Aの面積は不平等の程度を示していますので、ジニ係数が大きければ大きいほど不平等な状態を示します。平等であればジニ係数は0になり、1人の人が富を独占するような不平等であればジニ係数は1に近づきます。

平成バブル景気とジニ係数

平成バブル景気の際、不動産神話とともに特に東京圏の地価が上昇し、一部の地価が暴騰する事で大きな偏りが発生しました。下図の赤線が東京圏のジニ係数です。日経平均株価は1989年12月29日に史上最高値38,957.44円をつけた後に崩れましたが、東京圏の地価のジニ係数はそれよりも前の1988年にピークをつけ、不平等を警告していました。

人々は、(少なくとも日本の不動産購入者は)ジニ係数が0.7を超える偏った状態を許さなかったと分かります。ジニ係数は1988年にピークをつけた後に下落を始め、不動産バブルは崩壊しました。

極端な不平等は許されない?

古来より人は極端な不平等を嫌い、極端な富の集中は暴動によって破綻しています。日本でも打ち壊し等がありました。

打毀(うちこわし):江戸時代に,おもに都市においてみられた暴動。百姓一揆との違いは,第1に暴動の主体勢力が都市下層民であったこと,第2に原因が米価高騰にあったことである。打毀の対象となったのは,米屋,酒屋,質屋,問屋などの富裕商人たちで,彼らが意識的に米価の吊上げをはかったことから,その影響をいちばんこうむりやすい都市下層民たちにねらわれることとなった。

打毀(コトバンク)

地価バブルも不平等が人々の許容度を超えたのだと解釈できます。良い場所の土地を持っている人と、そうでない人との資産とが極端に乖離した結果として、高値で土地を買おうとする人(すなわちバブルのゲーム参加者)がいなくなり、地価バブルが崩壊、資産は均等に向かいました。

地価バブルの教訓

ジニ係数への注目は、バブルかどうかの判断材料になります。

チューリップであっても仮想通貨であっても、一部の人が大量保有で大金持ちになっている場合はバブルは終盤です。この時、新規参入者は資産の購入を諦めますので、バブルは崩壊へ向かうでしょう。

株式投資も同様です。もしも一部の株式保有者のみが富を独占している場合、そうでない人々は梯子を外してしまいます。彼らは株式投資家の富を奪いにかかります。直接奪うかも知れませんが、間接的に奪うかも知れません。彼らは手厚く平等な福祉政策を要求し、税制の変更によって間接的に資産家の富を奪います。歴史的には実際に英国では1970年代に、所得税の最高税率が83%、不労所得の最高税率が15%の付加税を加算して98%、という異常に高率な累進課税になってしまった事があります。

英国累進課税出典:英国病(wikipedia)

平成バブル景気(1986年12月~1991年2月)前後の日経平均株価チャート


平成バブル景気(1986年12月~1991年2月)前後の日経平均株価チャートを作成しました。

平成バブル景気とは?

1986年12月から1991年2月にかけてのバブル景気を、平成バブル景気と呼びます。

平成バブル景気の発生と崩壊

平成バブル景気の始まる前、プラザ合意(1985年9月22日)によって円高が進行していました。円高は輸入品の値段を引き下げ、物価が安くなっていました。また円高は輸出産業の苦戦も招きました。この不況は円高不況と呼ばれています。円高不況の対応のために日本銀行は緩和政策を続け、利上げや景気引き締めが遅れました。

日本銀行の不必要な緩和政策が続けられた結果、そこで余ったお金が株と不動産に向かい、空前のバブル景気が起こりました。株や不動産の価値が高騰を続け、「必ず上がる」という神話が囁かれていました。

平成バブル景気日経平均株価史上最高値38,957.44円(1989年12月29日)をつけました。その後神話と株価は崩壊し、日本経済は長い低迷期に入りました。

景気循環と平成バブル景気

平成バブル景気の前後の景気循環を下表にまとめます。円高不況の対応のため、日銀が緩和政策を継続した事が平成バブル景気を招き、そしてこのバブルの崩壊は第一次平成不況を招きました。

時期 名前 景気循環 備考
1985年7月~1986年11月 円高不況 第10循環(後退期) プラザ合意をきっかけとした円高による不況
1986年12月~1991年2月 平成バブル景気 第11循環(拡張期) 空前のバブル景気
1991年3月~1993年10月 第一次平成不況 第11循環(後退期) バブル崩壊後の失われた30年の始まり
景気基準日付(内閣府)

平成バブル景気前後の日経平均株価チャート

平成バブル景気前後の日経平均株価チャートを以下に示します。チャートは日足で終値ベースです。株価データ倉庫から元データを取得し、加工した上で投稿しました。

日経平均株価2万円→2万5000円

平成バブル景気の始まりとされる1986年12月1日、日経平均株価は18,339円で始まりました。その後、日経平均株価の終値は1987年1月30日に初めて20,000円を突破した20,048円をつけました。1987年6月3日には25,000円を突破した終値25,049円をつけました。

日経平均株価は2万円から2万5000円になるまで、わずか4カ月と数日の短時間であったわけです。

ブラックマンデー暴落と3万円到達

この株価高騰の後、ブラックマンデーによる一時的な暴落(1987年10月20日)がありました。ブラックマンデーでは日経平均株価は前日比で3,837円安(-14.9% )となり、歴史に残る暴落となりました。ところが株価はその後、再び上昇基調になりました。更に、ブラックマンデー前の水準を回復した後は、少々の下げでは押し目買いが入るようになりました。

そして株価の上昇基調は続き、1988年12月7日には30,000円を突破した終値30,051円をつけました。

3万円5千円到達と史上最高値

日経平均株価は1989年8月16に35,000円を超え、終値35,084円を付けました。その後1989年12月29日に史上最高値38,957.44円をつけるに至りました。

日経平均株価は20,000円を突破した1987年1月30日から、3年も経たない内にほぼ2倍にまで高騰した事になります。このように、短期間かつ勢いのある株価高騰はバブル景気の特徴です。

仮想通貨バブルの形成・崩壊とリーマン・ショック級の金融危機の再来


ビットコインを筆頭とした仮想通貨に投資マネーが流れ込んでいますが、この仮想通貨バブルの形成と崩壊はリーマン・ショック級の金融危機を招きかねないと考えられます。

リーマン・ショックと金融危機

仮想通貨バブルとの比較のために、まずはリーマン・ショック時の金融危機の様子をまとめます。

リーマン・ショックでは、ITバブルの崩壊後の低金利を背景とし米国の住宅バブルが形成されるとともに、投資マネーが怪しげなサブプライム・ローン証券に流入しました。その後、政策金利の上昇と共に住宅バブルは崩壊し、サブプライム・ローン証券は不良債権となりました。このようにして多くの有価証券が価値を失った結果、リーマン・ブラザーズの破綻を含む金融危機を招きました。当時の住宅ローンの規模は10兆6千億ドル程度でした。

米国の世帯が負った 4人家族向けまでの住宅購入用ローンの総額は、2006年末には 9兆9千億ドルであり、2008年半ばでは 10兆6千億ドルだった

サブプライム住宅ローン危機 Wikipedia

仮想通貨バブル

現在リーマン・ショック後の低金利を背景として、怪しげな仮想通貨に投資マネーが流入しています。下記のcoinmarketcapによると、仮想通貨の時価総額は2018年1月6日現在で7,932億ドルに達しています。とは言え、2008年の住宅ローンの規模と比べれば、仮想通貨の規模はまだ10分の1未満です。

ただし仮想通貨の時価総額は驚異的な急騰を見せる事があります。例えばビットコインは2016年1月1日に50,950円で始まり、2017年1月1日に114,760円、2018年1月1日に1,575,400円で始まっており、2年で30倍となりました。※1 帰納的に今後時価総額が30倍に膨らんでも不自然ではありません。

※1 Zaif のチャートより取得

もしも仮想通貨の時価総額が、現在の30倍の規模にまで増加した後にバブルが崩壊すれば、影響額は2008年のサブプライム・ローンの時を上回ります。その時はリーマン・ショック級の金融危機が引き起こされる可能性があります。

リーマン・ショックの際は、サブプライム・ローン証券を持っていない投資家も株安で大きく資産を減らしました。同様に、仮想通貨バブルが崩壊した場合は、仮想通貨へ投資していない投資家も、株安によって大きく資産を減らす事になるでしょう。

国内株価指数の超長期100年チャート 日本国の株価はどのように推移してきたか?


国内株価指数超長期100年チャートを作成しました。

1914年から2016年9月までの株価動向・推移をプロットしています。1949年以降は日経平均株価を、それより前は国内株価指数をチャートに示しました。これらのチャートを基に、日本国内の経済史を振り返ります。

国内株価指数について

日経平均株価とは?

日経平均株価は日本の代表的な株価指数です。

この指数は東京証券取引所に上場銘柄の内、日本経済新聞社が選定した225銘柄の株価から算出します。日経平均株価は1949年5月16日から算出されています。歴史のある指数であるため、日本国の長期の株価動向を知るために有用です。

作成した下記のチャートにおいて、1949年5月以降は日経平均株価をプロットしました。

日経平均株価の算出前の株価動向

日経平均株価の算出が開始される以前にも、株式は売買されていました。

東京証券取引所の歴史は古く、1878年(明治11年)5月に東証の前身である東京株式取引所が設立されています。

作成した後述のチャートにおいて、日経平均株価が算出されるよりも前の時代では、国内の株価指数をプロットしています。この株価指数と日経平均株価との接続は、1949年5月に176.21円の所で行われています。

超長期チャート

株価チャートは線形スケールと対数スケールの2種類のスケールで作成しました。線形スケールは最近の株価動向を確認しやすく、一方で対数スケールは古い時代の動向を確認しやすいです。

線形スケール

下図は国内株価指数の超長期チャートです。縦軸は線形スケールです。

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横軸が西暦、縦軸が国内株価指数です。

線形スケールのチャートでは、新しい時代(1970年以降)の株価動向が良く分かります。古い時代(1970年以前)のものは、グラフが潰れてしまってよく見えませんので、後述の対数スケールのチャートの箇所で言及します。

新しい時代の注目すべきポイントを、更に詳しく見るためのグラフが下図です。主要な景気状態に目印をつけ、更に米ドル/円為替の歴史とともにプロットしました。

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線形スケールのチャートの見どころ

株価に大きく影響した、主要な出来事として下記の項目が挙げられます。

平成バブル景気

1986年12月から1991年2月にかけてのバブル景気を、平成バブル景気と呼びます。

この時代の少し前、プラザ合意によって円高が進行していました。円高は輸入品の値段を引き下げ、物価が安くなっていました。また円高は輸出産業の苦戦も招きました。そのため、日本銀行は緩和政策を続け、利上げや景気引き締めが遅れました。

日本銀行の不必要な緩和政策が続けられた結果、そこで余ったお金が株と不動産に向かい、空前のバブル景気が起こりました。株や不動産の価値が高騰を続け、「必ず上がる」という神話が囁かれていました。

平成バブル景気日経平均株価は史上最高値38,957.44円(1989年12月29日)をつけました。その後神話と株価は崩壊し、日本経済は長い低迷期に入りました。

カンフル景気(さざ波景気)

1993年末頃から1997年前半頃までの期間を、カンフル景気または、さざ波景気と呼びます。

政府がカンフル剤注入政策(景気回復政策)により一時的に回復させた景気であるため、「カンフル景気」と呼ばれています。

アジア通貨危機

アジア通貨危機(アジアつうかきき、英語: Asian Financial Crisis)とは、1997年7月よりタイを中心に始まった、アジア各国の急激な通貨下落現象です。

固定相場制を採用していたタイ通貨バーツは、米ドル高に伴い上がっていましたが経済の実態から乖離していました。これに注目したヘッジファンドがバーツに売りを浴びせた結果、バーツは売り崩され急落、変動相場制への移行に追い込まれました。タイのバーツに始まった新興国通貨売りは、他のアジアの国々に飛び火しました。こうしてアジア各国から資金が流出した結果、銀行や民間企業の破綻が相次ぎ、深刻な景気後退に見舞われました。

新興国における通貨不安はアジアに留まらず、1998年8月17日からのロシア通貨危機、1999年1月ブラジル通貨危機など、その他の経済圏でも同様の混乱を誘発しました。

アジア通貨危機(wikipedia)

インターネット・バブル

1999年から2000年にかけてのバブル相場を、インターネット・バブルと呼びます。このバブルは、ITバブルやドットコムバブルと呼ばれる事もあります。

インターネットバブルでは新時代への期待から、通信関連・コンピューター関係・テクノロジー関係の銘柄の株価が高騰しました。日経平均株価も上昇を続け、2000年4月12日には20,833.21円をつけました。

当時、ゼロ金利政策によりお金がダブついていた事が、バブルに拍車をかけました。その後逃げ足の早い投資マネーは2000年4月中旬には株を大きく売り、ITバブルのフィナーレ暴落のチャートを形成しました。そして2000年8月11日の金融政策決定会合で、ゼロ金利政策の解除が決定され、バブルは完全に崩壊しました。

インターネットバブル崩壊後、日経平均株価は下落を続け、2003年4月28日には最安値7603.76円を記録しました。これは1982年以来の安値であり、インターネットバブルのピークと比べて、およそ3分の1の水準に相当します。

いざなみ景気

2002年2月から2008年2月にかけての景気拡大局面を、いざなみ景気と呼びます。73か月の長期間にわたる景気拡大期です。

リーマン・ショック

2008年の金融危機をリーマン・ショックと呼びます。サブプライムローンの不良債権化問題を発端に、2008年9月15日にリーマン・ブラザーズが破綻しました。この影響は全世界に波及し、世界経済は未曾有の混乱状態となりました。

2008年日経平均株価は、1月4日につけた高値15,156.66円から下落を続け、リーマン・ショック最安値として知られる6,994.9円(10月28日)まで下がりました。2008年の高値から安値まで、8,161.76円の下落(53.8%安)となる大暴落でした。

アベノミクスバブル

2012年12月26日より始まった第2次安倍内閣でのバブル相場をアベノミクスバブルと呼びます。

2%のインフレ目標や、無制限の量的緩和を始めとする大胆な金融政策が発表された事により、株価は大きく上昇しました。10,000円を下回る状態であった日経平均株価は、20,000円の大台を回復するに到りました。

2016年2月には日本銀行によるマイナス金利政策が発表・実施され、利下げによる景気拡大政策が加速しました。ところがその後、英国のEU離脱の決定による混乱(Brexitショック)が起こり、日経平均株価の上昇は頭打ちとなりました。

対数スケール

次のチャートは、最初のチャートと同じデータですが、縦軸を対数スケールにしてプロットしました。

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横軸が西暦、縦軸が国内株価指数です。

対数スケールでは、古い時代の株価動向の確認が容易です。株価指数は指数関数的に増加する傾向があるため、対数をとると全ての時代の動向が見えるようになります。

対数スケールでの見どころ

大正バブルと空前の株価暴落

大正バブル(大戦景気)は、第一次世界大戦(1914年〜1918年)の影響により、その参戦国でありながら本土が圏外にあった日本の商品輸出が急増したため発生した空前の好景気です。第一次世界大戦の終戦後も、ヨーロッパからの復興需要や米国の好景気、中国への輸出等により暫く好景気となっていました。

ところがその後、ヨーロッパ列強が市場に復帰したため日本の輸出が一転不振となり、余剰生産物が大量に発生し、恐慌となりました。この1920年(大正9年)の戦後恐慌では、株はパニック売りを浴び、空前の暴落が起こりました。

戦後恐慌(wikipedia)

戦争による停滞

終戦1945年(昭和20年)までの期間、他の時代に比べて株価は停滞しています。物資が不足し敗戦が濃厚となる時期は、産業の成長が妨げられる様子がうかがえます。

この時代の戦争について日本の戦争に一覧の記載があります。

高度経済成長期

1954年12月から1973年11月にかけての高度経済成長期による株価上昇には勢いがあります。高度成長期には、神武景気(じんむけいき:1954年(昭和29年)12月〜1957年(昭和32年)6月)、岩戸景気(いわとけいき:1958年(昭和33年)7月~1961年(昭和36年)12月)、いざなぎ景気(いざなぎけいき:1965年(昭和40年)11月〜1970年(昭和45年)7月)等の好景気が続きました。

失われた20年

平成バブルが終わった1991年(平成3年)2月から約20年以上にわたり低迷した期間を失われた20年と呼びます。

所見

その他、長期チャートから読み取れる事をまとめます。

株価指数は指数関数的に増加

株価指数は指数関数的に増加する事が分かります。

線形スケールと対数スケールとを比べれば、対数スケールの方が直線的です。この事から、株価指数は指数関数的に増加している事が読み取れます。

日経平均株価は「配当込まず」の指数です。それでも株価指数そのものが、複利効果を伴いながら成長している点は興味深いものです。

とは言え、平成バブル崩壊後はマイナスの複利効果が効いています。バイ&ホールドを行う長期投資家が報われる時代は終わったと言えるでしょう。外国株へ逃げて投資したとしても、円高による外国資産毀損をするものです。

プラニングホライズン

投資家のプラニングホライズン(計画期間:planning horizon)と比べて、景気循環の期間が大き目である事には注意が必要です。

多くの投資家は20代から資産を積み立て、60代から資産を切り崩す事になります。投資家は運用成績として、この40年間に資産を増やしておく事が期待されます。

ところが景気循環は、必ずしも全ての世代が40年間で資産を増やせるようにはできていません。積立時に恐慌と株安が多く、切り崩し時にバブルと株高が多ければ儲かりますが、反対(バブルで積み立て、恐慌で切り崩す)となってしまえば良い投資成果は得られません。

現代の投資家は、資産運用の成果に過度な期待は出来ません。そして景気循環を見極め、アクティブ(積極的・能動的)にリスク資産のマネジメントをする必要があります。

円高と株安の関係

近年では、円高⇒株安

近年では、円高が進めば輸出企業を中心に業績が悪化し、株価が安くなるという法則が成立しています。例えばいざなみ景気やアベノミクスでは円安と株高が、リーマンショックでは円高と株安が進行しました。

ですが、円高⇒株安の関係は、比較的最近の事のようです。

以前は、円高&株高

以前の例である、インターネットバブルや平成バブル景気の時期では、円高と株高が同時に進行していました。一般的には、このように景気の良い国の通貨が買われるのが自然です。

景気が良い国は輸出が増え、企業業績が良くなり株高が進行、外貨が集まるために通貨高となります。

外国人投資家の影響を受けやすい時代になった

近年の円高⇒株安の関係の要因の1つは、外国人投資家によるリバランス売買です。

円高は外貨で見れば株高と同じですので、売りを入れやすくなります。円高と株安の関係は、国内株式市場が外国人投資家の売買の影響を受けやすくなった事を象徴しているように見えます。

関連

データの取得

チャートの作成に利用した元データは、株価データ倉庫および、stooq.comから取得しました。

1949年より昔の国内株価指数を取得するために、URLでd1=yyyymmddの部分を下記のように変更してダウンロードしました。

http://stooq.com/q/d/l/?s=^nkx&d1=19000000&d2=21001231&i=d

その他の株式市場イベントと日経平均株価

当サイトでは他にも株式市場イベントと日経平均株価との関係をまとめた記事を投稿しています。

震災と株価

震災(しんさい)は、地震による災害です。震災を始めとする大規模自然災害は、多くの死者・負傷者を出し、多大な経済損失が発生します。

震災の場合、その影響を株価が織り込むのにかかる期間は数日から数週間に及ぶ事があります。とは言え、これは超長期の時間軸と比べると短いため、上記の超長期チャートでは震災の影響を確認する事は出来ません。

テロと株価

テロはネガティブサプライズであり、株価下落要因です。

ただし、震災等の大規模自然災害とは異なり被害の範囲が限定的であるため、株価への悪影響は小さめと言えます。そのため、テロ事件の株価下落は長期チャートでは確認できません。

中国発の世界同時株安

上海株の値動きは極端な方向に進みやすく、上海株暴落が世界同時株安に発展する事があります。

特定銘柄・特定地域からの暴落

ある特定の銘柄への売り注文が、相場全体へ波及し暴落する事もあります。また、ある地域の動向が、世界各国の株価の下落に繋がる事もあります。

売りが売りを呼ぶ暴落

株価が高値圏にある時は、明確な理由なく暴落する事があります。

その他の超長期チャート

長期の株価動向を知るために、参考になる外部サイトのコンテンツを紹介します。

日経平均株価超長期チャート(主要イベントつき)

日経平均株価 超長期月足チャート(baseviews.com)には、日経平均株価算出開始(1949年)以降の株価月足チャートに加えて、主要な出来事・株価変動要因がまとめられています。

ダウ平均株価チャート

Historical Chart Gallery of Market Indexes (http://stockcharts.com/freecharts/historical/marketindexes.html ※リンク切れ)には、ダウ平均株価(1900年〜2016年:下図)等の米国株価指数の超長期チャートが掲載されていました。

DowJones1900-2016

東証の歴史

東証誕生130周年には、戦前の写真を含む東京証券取引所の様子が掲載されています。握り寿司を食べながら株券を売買していた時代から、立会場としての東証、売買の電子化後の様子までが、時代順にまとめられています。

上海ショック(2007年) 中国を震源とした世界同時株安の日経平均株価への影響


2007年2月27日に上海株式市場が前日比-8.84%の大暴落を起こしました。この暴落は世界同時株安を招きました。この株安は上海ショックと呼ばれています。

当時の日経平均株価チャートを作成しました。

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元データは、株価データ倉庫から取得しました。

上海大暴落の翌日、日経平均株価は515.8円安(2.85%安)の17,604.11円で引けました。その後も下げ止まらず、中国の経済が世界に与える影響の大きさを改めて示す形になりました。

なお、上海の株安の発端は、当時の中国株バブルとインフレ抑制のために利上げするという噂でした。

バブル経済の形成と崩壊


バブル経済の形成と崩壊についてまとめます。

バブル経済は低金利で溢れたお金が資産に向かう事で形成されます。資産価値の高騰は供給を増やし需要を減らします。高騰した資産に買い手がつかなくなった時、バブルは崩壊します。バブル崩壊後の資産価値の下落は経済を悪化させます。

バブルの形成

多くのバブルは、低金利により溢れたお金が資産に向かう事で形成されます。いくつかの例を挙げます。

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平成バブル

例えば日本の平成バブルは、プラザ合意(1985年)後の円高不況の対応のための低金利政策が発端となりました。

低金利により企業はお金を活用しやすくなり、経済活動が活発になりました。企業は本業以外にも財テク(財務テクノロジー)により資産を増やそうとしました。余剰資金は値上がり益(キャピタル・ゲイン)が期待できる土地や株に向かい、地価・株価は高騰しました。

米国住宅バブル

リーマン・ショック2008年)を引き起こした米国住宅バブル(2005年〜2006年)は、インターネットバブル(2000年)の後の米国の低金利政策を発端としています。低金利政策により溢れたお金に加え、当時急成長ていたアジア諸国や産油国から巨額の外資が米国に流入し、住宅価格を高騰させました。

バブルのピーク

バブルのピークでは、急激な価格の高騰が起こります。

例えば住宅バブルでは不動産価格が上がっていった後、本当に住宅が欲しい人が急いで買うため不動産価格の高騰に拍車がかかりました。

実需は、価格が理論値(ファンダメンタルズ)と乖離していても買い付けを行うものです。この価格の高騰は、供給を増やし、需要を減らし続けます。実需がある間、価格は上がり続け、実需が無くなれば価格は急落を始めます。

理論値から大きく乖離するに到る価格の急騰と、その後の急落は、バブルの特徴です。

バブル崩壊

バブルのピークが過ぎれば、急激な資産価値の下落が起こります。資産価値の下落は、さまざまな側面から経済を悪化させます。

債務超過による消費の抑制

資産価値が急落すれば、債務超過に陥る企業や家計が急増します。お金が無ければ、積極的な消費は抑制され、経済は悪化します。

所得が上がれば消費が増え、所得が下がれば消費が減る効果を所得効果と言います。バブル崩壊後は、所得効果により消費が減り、経済活動の悪化が進行します。

供給過多によるデフレ圧力

価格高騰時に供給が増えているため、バブルが崩壊すれば、需要と供給の不均衡により価格の下落に歯止めがかかりにくくなります。

供給は簡単には減りません。住宅バブルであれば、着工した不動産は(普通)完成しますし、原油バブルであれば完成した採掘施設が石油を掘り出し続けます。そしてこの供給過多は強いデフレ圧力となり、経済活動の悪化に繋がります。

金融機関の機能不全

不良債権の増大は、金融機関の投資・貸し出しを慎重にします。金融機関がお金を貸す機能を失えば、市場へお金が回らなくなり経済を悪化させます。

金融機関が、経営に問題がない企業に対しても貸し出しに慎重になり、新たな融資を断ることを「貸し渋り」と言います。既存の融資を引き揚げたりすることを「貸し剥がし」と言います。バブル崩壊後は、このような金融機関の機能不全が深刻化します。

参考・関連

日本の平成バブル

日本の平成バブルについての詳細は、下記の記事が詳しいです。平成バブルの形成から崩壊までの過程が、政策・当時の経済状況とともに、非常に詳しく記述されています。

バブルの歴史

下記の「バブルの歴史」には、バブルについての資料が凝縮されています。一つ一つの記事は短いので読みやすい構成です。日本のバブルのみならず、海外のバブルや、バブルの歴史についてのコンテンツが含まれます。

バブルの歴史(株式会社MRI三菱総合研究所)