イラク戦争(2003年)開戦前後のダウ平均株価チャート

イラク戦争は、アメリカ合衆国が主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦しました。下図はその前後のダウ平均株価チャートです。


2000年のドットコムバブル(インターネットバブル)崩壊の影響で下落基調であったダウ平均株価は、イラク戦争開戦後に回復を始めました。なぜなら米国は世界で最も軍事産業が盛んですので、侵略戦争によって米国の経済活動が活発になったからです。迷惑な国ですね。

とは言え、米国の回復は世界にも波及しました。日本でも2003年4月28日(ソニーショックの翌営業日)を大底として日経平均株価は上昇局面に入りました。

その後、加熱した投資マネーは住宅価格を上昇させ、サブプライム危機の原因として知られる米不動産バブル(2006年中盤頃ピーク)を形成して行く事になりました。

ブラックマンデー(1987年)前後のダウ平均株価チャート

1987年10月19日(月)に、米国ニューヨーク株式市場に起こった過去最大規模の暴落ブラックマンデー(Black Monday)と呼びます。

当時のダウ平均株価チャートを作成しました。

ブラックマンデー前後のダウ平均株価チャート

ブラックマンデーは明確なネガティブサプライズなしに、売りが売りを呼んだ事で、株価が暴落しました。



チャート作成の元データは株価データ倉庫から取得しました。

前日比-22.6%の大暴落

1987年10月19日(月)のダウ平均株価は、前の営業日比で507.99ドル安(-22.6%)という下げ幅を記録する大暴落となりました。翌20日には安値1,616.21ドルをつけており、ブラックマンデー前10月16日の終値と比べて-28.1%の水準です。短い時間に大きく売られた事が分かります。

米国の株価大暴落は世界へ波及

ニューヨーク株式市場の暴落は、世界各国の株式市場へと波及しました。

日本の株式市場は1987年10月20日(火)に暴落しました。この日の日経平均株価の始値は、高値と等しく25,745円です。終値は安値と等しく21,910円です。チャートは陰の丸坊主を形成し、場中に3,835円を下げる大暴落となりました。前日比では3,837円安(-14.9% )の暴落でした。

リーマン・ショック(2008年)前後のダウ平均株価チャート

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻しました。同社の社債や投資信託の価値毀損は金融危機を招き、世界各国の株安・債券安が進行しました。

当時のダウ平均株価のチャートを投稿します。

リーマン・ブラザーズ破綻直後



チャートの元データは株価データ倉庫から取得しました。

リーマン・ブラザーズの破綻が決まった2008年9月15日は、ダウ平均株価は504.48ドル安(-4.42%)と大きく売られました。その後は一時的に小康状態となりましたが、9月29日は金融安定化法案否決を受けて-777.68ドル安(-6.98%)の暴落となりました。

その後の株価推移


株価の下落が続き、金融危機は世界へ飛び火

リーマン・ブラザーズの破綻は世界的な金融危機を招き、景気を悪化させました。ダウ平均株価は2009年3月6日に、6469.95ドルをつけるまで下落しました。これはリーマン破綻前の9月12日終値と比べ、-43.4%の水準に相当します。

米国発の金融危機は世界に飛び火しました。例えば日本では、2008年日経平均株価は年初の高値15,156.66円から10月28日の安値6,994.9円まで、半値以下になりました。

2009年3月6日以降の株価回復

その後3月6日以降は、ダウ平均株価は回復を始めました。世界経済も良い方向に進み始めました。この回復は、量的緩和政策QE1(2008年11月~2010年6月)等が追い風となりました。

米国の量的緩和政策(金融用語辞典)

米国債ショック(2011年)前後のダウ平均株価チャート

米国債ショック(べいこくさいショック)は、2011年8月8日に発生した世界同時株安です。米国債のデフォルト懸念から、アメリカの格付け機関スタンダード&プアーズ(S&P)が、2011年8月5日にアメリカの長期発行体格付けをAAAからAA+に格下げしました。安全資産とされていた米国債の信用が揺らぎ、金融不安から世界の株価は下落しました。

米国債ショック前後のダウ平均株価チャートを作成しました。米国債ショックの後、米国株式相場はもみ合いの後、上昇しました。

米国債ショック前後のダウ平均株価チャート


米国債のデフォルト懸念は、債務上限引き上げ法(Budget Control Act of 2011)案の可決で、ようやく一旦払拭されました。法案は下院で2011年8月1日に可決、上院で2011年8月2日に可決され、オバマ大統領が直ちに法案に署名し成立しました。

ところがその間も株価は下落を続けました。そして8月5日にS&Pが米国債の格付けをAAAからAA+に格下げしました。今まで安全資産と認識されていた米国債の信用が揺らいだ事で、翌営業日である8月8日に世界同時株安が発生しました。

ダウ平均株価は格下げの翌営業日である8月8日に、634.76ドル安(5.55%安)と暴落しました。とはいえ、買い手も多かったため(出来高の多さがそれを象徴しています)その後はダウ平均株価は下げ止まりました。下がり続けた日本株とは対照的でした。

その後のダウ平均株価チャート


米国債ショックの後、ダウ平均株価はしばらくもみ合いました。その後に上昇を始めました。当時10,600ドルあたりに下値支持線があり、それよりは下がりにくかった様子です。

東日本大震災(2011年)前後のダウ平均株価チャート

東日本大震災当時の米国株動向を知るために、ダウ平均株価チャートを作成しました。ダウ平均株価は少なからずこの大震災の影響を受け、2011年3月16日には震災前より3.6%低い水準まで売られる局面がありました。

東日本大震災

東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい、ひがしにっぽんだいしんさい)は、2011年(平成23年)3月11日に日本で発生した大規模地震災害です。

地震による直接的な被害だけでなく、地震によって発生した巨大津波、および原発事故によって多大なる被害が出ました。震災の影響は世界の経済活動の停滞をも意識させました。また、為替相場へも波及し、有事の円買いによる円高が進行しました。

東日本大震災前後のダウ平均株価


地震は2011年(平成23年)3月11日、日本時間の午後2時46分に発生しました。その日、ダウ平均株価は前日比小幅にプラスで引けました。

ところがその後、津波による被害が明らかになり、日本のサプライチェーンの分断と景気悪化が意識されました。更に3月14日(月)、3月15日(火)は福島第一原子力発電所の爆発・炎上により放射能汚染が拡大しました。これらの災害・事件により為替相場も不安定になりました。その結果、ダウ平均株価は下落し、3月16日には11,555.48ドルをつけました。これは震災前と比べ、-3.6%の水準になります。

ただし、日経平均株価暴落した事と比べれば、米国株の下落は軽微であると言えます。参考までに日経平均株価の3月14日安値は、震災前3月10日終値と比べ、2,361.87円安(-22.3%)の水準でした。つまり東日本大震災は、分散投資、特に地域分散の重要性を教訓として残す事になりました。