イラク戦争(2003年)開戦前後の米ドル/円 為替チャート

イラク戦争開戦時の米ドル/円 為替チャートを作成しました。

イラク戦争は、アメリカ合衆国が主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦しました。

イラク侵攻直後

下図は、イラク侵攻直後の米ドル/円為替チャートです。為替は開戦後、一時的にドル高に振れた後に、安定しました。

開戦は織り込み済で、為替への影響は小

侵攻前日の2003年3月19日の為替レートは1ドル120.43円でしたが、イラク侵攻開始後に米ドルが買われ、3月21日には1ドル121.87円をつける場面もありました。開戦は既に為替相場に織り込み済であり、開戦直後は材料出尽くしから米ドルが買われた様子です。

その後もイラク戦争は米ドル/円為替相場に大きな影響を与える事なく、為替は安定して推移しました。

イラク侵攻前後

下図は時間軸を広げた、イラク侵攻前後の米ドル/円為替チャートです。

開戦前に米ドルは売られていた

イラク侵攻後の為替は安定していました。むしろ開戦前の方が、米ドルは売られた様子です。例えば2002年12月5日には1ドル125.68円をつける場面があり、きな臭くなるに従いリスクオフが進み、米国からマネーが逃げて、ドル安が進んだ様子が分かります。

ドバイG7共同声明によりドル安・円高へ

その後、為替相場は、しばらく安定していたものの、2003年9月20日を境目として円高方向へ振れる事になりました。この日ドバイG7共同声明が発表され、米国のドル安志向が示唆された事でドル安・円高が進行しました。

関連:イラク戦争と株価

米国株は上昇へ

イラク戦争開戦により、軍事産業が盛んな米国の株価は上昇しました。

日本株も米景気回復を受けて上昇へ

米国の好景気を受け、日本の日経平均株価も1ヵ月遅れて上昇を始めました。

イラク戦争(2003年)開戦前後の日経平均株価チャート

イラク戦争開戦時の日経平均株価チャートを作成しました。

イラク戦争は、アメリカ合衆国が主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦しました。

イラク戦争前後の日経平均株価チャート

下図は開戦前後の日経平均株価チャートです。

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開戦前の状況

かつて2000年のインターネットバブルの時期に、日経平均株価は2万円台に乗っていましたが、イラク戦争開戦前はバブルは崩壊後暫く経っており、日経平均株価は8,000円を割る状態でした。イラク戦争開戦前は、戦争が始まれば米国経済へ悪影響があるとの考えから、株は更なる売りを浴びていました。

開戦後の状況

開戦後は一転、悪材料出尽くしの買いが入りました。それに加えて軍事産業が盛んな米国は、この侵略戦争によって経済活動が活発になり、ダウ平均株価は上昇を始めていました。

その後、米国の好況は日本にも波及しました。日本ではソニーショックでの株価下落を大底として、以降の日経平均株価上昇基調に入りました。

イラク戦争(2003年)開戦前後のダウ平均株価チャート

イラク戦争は、アメリカ合衆国が主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦しました。下図はその前後のダウ平均株価チャートです。


2000年のドットコムバブル(インターネットバブル)崩壊の影響で下落基調であったダウ平均株価は、イラク戦争開戦後に回復を始めました。なぜなら米国は世界で最も軍事産業が盛んですので、侵略戦争によって米国の経済活動が活発になったからです。迷惑な国ですね。

とは言え、米国の回復は世界にも波及しました。日本でも2003年4月28日(ソニーショックの翌営業日)を大底として日経平均株価は上昇局面に入りました。

その後、加熱した投資マネーは住宅価格を上昇させ、サブプライム危機の原因として知られる米不動産バブル(2006年中盤頃ピーク)を形成して行く事になりました。

ブラックマンデー(1987年)前後のダウ平均株価チャート

1987年10月19日(月)に、米国ニューヨーク株式市場に起こった過去最大規模の暴落ブラックマンデー(Black Monday)と呼びます。

当時のダウ平均株価チャートを作成しました。

ブラックマンデー前後のダウ平均株価チャート

ブラックマンデーは明確なネガティブサプライズなしに、売りが売りを呼んだ事で、株価が暴落しました。



チャート作成の元データは株価データ倉庫から取得しました。

前日比-22.6%の大暴落

1987年10月19日(月)のダウ平均株価は、前の営業日比で507.99ドル安(-22.6%)という下げ幅を記録する大暴落となりました。翌20日には安値1,616.21ドルをつけており、ブラックマンデー前10月16日の終値と比べて-28.1%の水準です。短い時間に大きく売られた事が分かります。

米国の株価大暴落は世界へ波及

ニューヨーク株式市場の暴落は、世界各国の株式市場へと波及しました。

日本の株式市場は1987年10月20日(火)に暴落しました。この日の日経平均株価の始値は、高値と等しく25,745円です。終値は安値と等しく21,910円です。チャートは陰の丸坊主を形成し、場中に3,835円を下げる大暴落となりました。前日比では3,837円安(-14.9% )の暴落でした。

リーマン・ショック(2008年)前後のダウ平均株価チャート

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻しました。同社の社債や投資信託の価値毀損は金融危機を招き、世界各国の株安・債券安が進行しました。

当時のダウ平均株価のチャートを投稿します。

リーマン・ブラザーズ破綻直後



チャートの元データは株価データ倉庫から取得しました。

リーマン・ブラザーズの破綻が決まった2008年9月15日は、ダウ平均株価は504.48ドル安(-4.42%)と大きく売られました。その後は一時的に小康状態となりましたが、9月29日は金融安定化法案否決を受けて-777.68ドル安(-6.98%)の暴落となりました。

その後の株価推移


株価の下落が続き、金融危機は世界へ飛び火

リーマン・ブラザーズの破綻は世界的な金融危機を招き、景気を悪化させました。ダウ平均株価は2009年3月6日に、6469.95ドルをつけるまで下落しました。これはリーマン破綻前の9月12日終値と比べ、-43.4%の水準に相当します。

米国発の金融危機は世界に飛び火しました。例えば日本では、2008年日経平均株価は年初の高値15,156.66円から10月28日の安値6,994.9円まで、半値以下になりました。

2009年3月6日以降の株価回復

その後3月6日以降は、ダウ平均株価は回復を始めました。世界経済も良い方向に進み始めました。この回復は、量的緩和政策QE1(2008年11月~2010年6月)等が追い風となりました。

米国の量的緩和政策(金融用語辞典)