リーマン・ショック(2008年)前後のダウ平均株価チャート

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻しました。同社の社債や投資信託の価値毀損は金融危機を招き、世界各国の株安・債券安が進行しました。

当時のダウ平均株価のチャートを投稿します。

リーマン・ブラザーズ破綻直後



チャートの元データは株価データ倉庫から取得しました。

リーマン・ブラザーズの破綻が決まった2008年9月15日は、ダウ平均株価は504.48ドル安(-4.42%)と大きく売られました。その後は一時的に小康状態となりましたが、9月29日は金融安定化法案否決を受けて-777.68ドル安(-6.98%)の暴落となりました。

その後の株価推移


株価の下落が続き、金融危機は世界へ飛び火

リーマン・ブラザーズの破綻は世界的な金融危機を招き、景気を悪化させました。ダウ平均株価は2009年3月6日に、6469.95ドルをつけるまで下落しました。これはリーマン破綻前の9月12日終値と比べ、-43.4%の水準に相当します。

米国発の金融危機は世界に飛び火しました。例えば日本では、2008年日経平均株価は年初の高値15,156.66円から10月28日の安値6,994.9円まで、半値以下になりました。

2009年3月6日以降の株価回復

その後3月6日以降は、ダウ平均株価は回復を始めました。世界経済も良い方向に進み始めました。この回復は、量的緩和政策QE1(2008年11月~2010年6月)等が追い風となりました。

米国の量的緩和政策(金融用語辞典)

リーマン・ショック(2008年)前後の日経平均株価チャート なぜ暴落したか?どう暴落したか?

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻しました。同社の社債や投資信託の価値毀損は金融危機を招き、世界各国の株安・債券安が進行しました。

当時の日経平均株価チャートを作成しました。リーマン・ショック前後の相場動向を振り返ります。

リーマン・ショックとは?

米国のリーマン・ブラザーズの破綻は、世界的な金融危機を招きました。

背景:サブプライムローン危機

2007年の米国の住宅バブル崩壊により、サブプライムローンと呼ばれる金融商品の不良債権化が進行しました。

2007年8月には、BNPパリバ傘下のミューチュアル・ファンドが投資家からの解約を凍結すると発表し、サブプライムローン関連の証券化商品が危機的状況であると世界中に知れ渡りました。株安と円高を招いたこの騒動はパリバ・ショックと呼ばれています。

リーマン・ブラザーズもサブプライムローン関連の不良債権を多く保有し、多大な損失が進行していました。

リーマン・ブラザーズの破綻前

2008年6月には、金融危機の足音は確実に近づいていました。日経平均株価は6月19日以降じりじりと下げ続け、54年2カ月ぶりの12営業日続落を記録しました。

その直後、2008年7月11日には米インディマック銀行(現在:ワンウエスト銀行)が破綻しました。その当時史上4番目、貯蓄金融機関としては2番目の規模の破綻となりました。

リーマン・ブラザーズは売却交渉も失敗

リーマン破綻直前、リーマン・ブラザーズは複数の金融機関と売却の交渉(身売り交渉)を行っていましたが、巨額で不透明な損失が見込まれるために断られていました。

2008年9月3日に韓国産業銀行(KDB)がリーマン・ブラザーズへ出資すると発表しましたが、9月10日になって一転、KDB側が出資協議を打ち切りました。

リーマン・ブラザーズの破綻

2008年9月15日に、リーマン・ブラザーズが破綻しました。

負債総額は約6,000億ドル(64兆円)と言われており、史上最大の倒産になりました。

世界的な金融危機へ

この破綻の影響は全世界に連鎖し、世界的な金融危機に発展しました。リーマン・ブラザーズが発行している社債や投資信託を保有している企業への影響、取引先への波及と連鎖が懸念され、世界各国の株安・債券安が進行、未曽有の金融危機となりました。

日経平均株価チャート

リーマン・ブラザーズの破綻前後

下図は、リーマン・ブラザーズの破綻(2008年9月15日)前後の日経平均株価チャートです。

2008年9月8日から2008年10月23日にかけての株価推移をプロットしています。目印を付けた個所が、破綻翌日である9月16日のローソク足です。

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データは株価データ倉庫から取得しました。

翌営業日 9月16日

リーマン・ブラザーズの破綻の翌日である9月16日の日経平均株価は11,609.72円で引けました。前日比-605.04円(-4.95%)という比較的大きな下げとなりました。

これほどの下げにもかかわらず9月16日の大陰線は、上記のチャートでは、あまり目立っていません。日経平均株価は10月に歴史的な大暴落が多数あるために、そちらの方がどうしても目立ってしまうからです。

2008年の高値は、1月4日につけた15,156.66円ですので、リーマン・ブラザーズ破綻の翌日の時点で、年間高値からは3546.94円安(30.55%安)というかなり低い水準になりました。

これほどの割安水準ですので、逆張り投資家の買いが入っても良さそうでしたが、株価は下げ止まりませんでした。その後もオシレーター系のテクニカル指標は割安シグナルの点灯を続けながら、株価は下がり続ける事になりました。

10月の歴史的な株価大暴落

下図は、リーマン・ブラザーズ破綻の翌月である2008年10月を中心とした株価推移です。

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2008年10月は多くの歴史的大暴落が起こりました。金融危機は、リーマン・ブラザーズのような投資銀行の破綻直後ではなく、少々時間差をおいてから世界の株価を押し下げる傾向があるようです。

以下の下落率ランキングは、2016年9月時点のものです。

10月8日

日経平均株価は1万円を下回る9,203.32円で引けました。前日比952.58円安(-9.38%)です。この下落率は日経平均株価の歴代7位です。

10月10日

日経平均株価は8,276.43円で引けました。前日比881.06円安(-9.62%)です。歴代5位の下落率です。

10月16日

日経平均株価は8,458.45円で引けました。前日比1,089.02円安(-11.40%)で、歴代2位の下落率です。ブラックマンデー(1987年)に続く大暴落となりました。

前日の米国株大幅下落(ダウ平均733ドル安)を受け、先物主導の売りが集まりました。結果として裁定取引により、現物の主力株が売りを浴びました。この日、東証1部の175銘柄がストップ安をつけ、その内50銘柄が日経平均株価採用銘柄でした。なお、33業種全てが下げました。

10月24日

日経平均株価は7,649.08円で引けました。前日比811.9円安(-9.60%)で、歴代6位の下落率です。

参考:10月28日の最安値

この日、日経平均株価は、場中に7,000円を割り、最安値6,994.9円を付けました。

2008年の高値15,156.66円と比べれば、8,161.76円安(-53.85%)で、株価は半分以下の水準になりました。資産運用を行う場合、金融危機が起これば株価が半減する事を視野に入れた慎重な運用が必要だと分かります。

その後、日経平均株価は一旦回復方向へ進みました。10月28日につけた6,994.9円という値は、2008年最安値のみならず、平成バブル後の最安値になっています。以降の相場でこの値(バブル後最安値)は、支持線として強く意識されています。

リーマン・ショック

株価は一時的に回復・日銀利下げ

2008年10月28日に最安値を付けて以降、日経平均株価一時的に回復方向へ向かい反騰しました。また2008年12月19日に、日銀は政策金利である無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標を0.2%引き下げ、0.1%とする事を発表しました。利下げは、公表後直ちに実施されました。

株価は再び下落基調へ

利下げを受けて2009年1月は株高で始まるも、再び下落基調となりました。円高進行と輸出企業の業績悪化により、株は売られ続け、2009年3月までの下降トレンドを形成しました。

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そして2009年3月10日には、終値で7,054.98円をつけました。この値は終値ベースで平成バブル後の最安値として記録されました。(日中の最安値は前述の2008年10月28日につけた6,994.9円です。)

リーマン・ショックで株安になった業種

リーマン・ショックでは、銀行業・保険業・不動産業・その他金融等の、よく知られた景気敏感株は(当然ですが)大きく売られました。加えて更に、「ディフェンシブ銘柄として知られる業種」の株も、売られました。

例えば医薬品は、海外売上比率が高いため円高の影響から売られました。小売業食料品株も、代替で安い商品が買われた事による売上減から売られました。パルプ・紙も、DMや業務用段ボールの売上が減った事で売られました。

そして結局、全ての業種の株が下げました

業種別の下落率の詳細を下記の記事にまとめました。記事ではリーマン・ブラザーズの破綻直前を起点として、日経平均株価の日中最安値をつけた2008年10月28日、および終値で最安値をつけた2009年3月10日にかけての値動きを比較、集計しました。

その後、徐々に回復へ

3月10日以降、日本経済と日経平均株価は、徐々に回復していきました。ただし、2010年欧州ソブリン危機や、2011年東日本大震災といった、株式市場にとってマイナスのイベントも多く、決して一本調子の順調な回復ではありませんでした。

さらにその後、2013年以降に日経平均株価は本格的に回復します。その頃からアベノミクスのバブル相場に突入し、日経平均株価は2万円台まで買われていきました。

株安要因

リーマン・ショックでの株価大暴落には、証券市場から実体経済への影響、円高進行と企業業績悪化、テクニカル指標の性質等、多くの要因がありました。

証券市場から実体経済への悪影響

リーマン・ショックの発端である米国のサブプライムローン危機は、日本では最初は対岸の火事でした。ところがこの危機が深刻化するにつれ世界各国の金融機関の収益は悪化し、金融機関は融資に慎重になりました。結果として経済にお金が回らなくなり、世界経済は悪化の一途を辿りました。

金融危機が実体経済へ大きな悪影響を与えたわけです。

リーマン・ショックに限らず、一般的な金融危機では

  • 不良債権が増える
  • 金融機関の収益が悪化する
  • 貸し渋り・貸し剥がしが横行し、経済へお金が回らなくなる
  • 景気が悪化する
  • 株式含む証券価格が下落する
  • 不良債権が増える

という、負の循環に陥る傾向があります。

円高進行と企業業績の悪化

リーマン・ショックでは急激な円高が進行し、輸出企業の業績を悪化させました。

リーマン・ブラザースが破綻した2008年9月15日に、米ドル/円為替は1ドル104.65円でした。その後、為替は円高の進行が止まらず、2008年12月17日には87.13円をつけました。わずか3ヶ月の間に、17.52円(16.74%)もの円高になったと計算できます。

日本は当時、既に世界的にみて低金利の状態でした。そのため利下げ余地が少なく、利下げによる通貨安のリスクが相対的に低かったために、世界各国の投資マネーが日本円を買い集めました。その他にも、円キャリートレードの巻き返し(逆流)や、貿易黒字、相対的に健全な金融システム等、当時日本円が買われる理由は多岐にわたりました。

結果として急激な円高が進行し、輸出企業の業績を悪化させ、国内の景気に大きな悪影響を与えました。

テクニカル指標要因

株価下落に歯止めがかからなかった要因の1つにテクニカル指標要因があります。

いざなみ景気の反動による「下値支持線なし」

リーマン・ショックより前は、いざなみ景気と呼ばれる長期の景気拡大期でした。いざなみ景気は2002年2月から2008年2月にかけての、73か月の長期間にわたる景気拡大期です。一本調子で株価が上がっていましたので、下値目処となりそうな明確な抵抗線が存在していませんでした。

その結果、リーマンブラザーズ破綻後の、留まる所を知らぬ株価下落は、多くの投資家の狼狽売りを誘いました。なお、当時、金融ビッグバン以降に初めて流行したネット証券を利用する新参投資家が多くいましたが、数年振りの安値・バブル後最安値の更新という連日のニュースの見出しは、彼らの落ち着いた投資行動の障害となりました。

「山高ければ谷深し」という投資格言の通り、長期の景気拡大期の後は下値支持線が無くなるため、景気減速局面が訪れれば長期の停滞に繋がります。

売り仕掛けが成功しやすい土壌

連日の株価下落は、売り仕掛けが成功しやすい土壌を作りました。

通常ですと相場には逆張り型と呼ばれる、株価下落で買いを入れる投資家がいます。ところがリーマン・ショックのように株価が下がり続けた場合、逆張り型の投資家は損失が拡大し、追加投資のための資金の枯渇問題を抱えます。そして押し目買いを入れる余力を失います。ともすれば手仕舞い売りを始め、売り手側に回ります。

逆張り型の投資家が凍死家に変わり、投資行動を起こせなくなる頃には、株式市場に売り仕掛けが成功しやすい土壌が準備されました。結果として、ヘッジファンドを中心とする先物による売り仕掛けは、多くの投資家の現物株の狼狽売りを巻き込み、更なる株価下落を招きました。

まとめ

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻し、同社の社債や投資信託の価値毀損は金融危機を招き、世界各国の株安・債券安が進行しました。

日本も例外ではなく、円高と企業業績の悪化等により日経平均株価は下落を続けました。そして2008年10月28日には最安値6,994.9円をつけ、平成バブル後の最安値を更新しました。この安値は2008年の高値15,156.66円と比べ8,161.76円安(-53.85%)に相当します。このようにリーマン・ショックでは、株価は半値以下まで売り込まれた形になりました。

最安値をつけた2008年10月28日以降に、日経平均株価は一旦は回復に向かいましたが、勢いはなく再び下落しました。下落は続き、2009年3月10日には終値7,054.98円をつけました。

その後、金融危機は収束に向かいました。2010年欧州ソブリン危機や、2011年東日本大震災を経て、株価は本格回復に向かいました。そして2013年のアベノミクスバブルにおいて株価は2万円台の大台を突破するに至りました。

リーマン・ショック前の日経平均株価続落チャート(2008年) 54年2カ月ぶりの12営業日続落の様子とは?

リーマン・ショック前、日経平均株価が下がり続けて12営業日連続で下げた事がありました。その時のチャートを投稿します。

続落チャート

下図は2008年日経平均株価の12営業日続落チャートです。



株価データ倉庫から取得したデータを加工し作成

続落開始は2008年6月19日、続落終了(最後の下落日)は7月4日でした。7月7日は反騰したため、続落日数は12営業日となりました。これは歴代3位タイの記録です。それより前の続落は、54年2カ月前、朝鮮特需の終結による反動不況により1954年4月28日から1954年5月18日にかけての15営業日続落まで遡ります。

上昇・下落記録

じりじり下がり続ける嫌な下げ

リーマン・ショック前の続落は、じりじり下がり続ける嫌な下げでした。陰線だけでなく陽線も出つつ下げ続け、押し目買いもしにくく、出来高も細っていった事を覚えています。この時、これといった下げ要因も無い代わりに、サブプライムローン問題を発端とする金融危機の足音は確実に近づいていました。

大きく下げて出来高が増え、セリング・クライマックスとなる下げの方が随分マシです。じりじりと続落となった際は、警戒すべきです。

この続落の後、2008年7月11日には米インディマック銀行が破綻しました。これは史上4番目(当時)の規模の破綻となりました。そしてその後、9月15日にはリーマン・ブラザーズが破綻し、9月・10月は株価が激しく乱高下し下がる相場に突入しました。

リーマン・ショック(2008年)前後の日経平均株価チャート なぜ暴落したか?どう暴落したか?

ワンウエスト銀行

リーマン・ショック(2008年)前後の米ドル/円為替チャート 円高はどう進行したか?

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

リーマン・ショックでは日本円に買いが集まり、急激な円高が進行しました。当時の米ドル/円為替チャートを作成しましたので投稿します。

リーマン・ショックとは?

リーマン・ショックは、米国のリーマン・ブラザーズの破綻を発端とした世界的な金融危機です。

2007年の米国の住宅バブル崩壊により、サブプライムローンと呼ばれる金融商品の不良債権化が進行しました。当時のリーマン・ブラザーズもサブプライムローン関連の不良債権を多く保有し、多大な損失が進行していました。

そして2008年9月15日に、リーマン・ブラザーズが破綻しました。この破綻の影響は全世界に連鎖し、世界的な金融危機に発展しました。リーマン・ブラザーズが発行している社債や投資信託を保有している企業への影響、取引先への波及と連鎖が懸念され、世界各国の株安・債券安が進行、未曽有の金融危機となりました。

リーマン・ショック前後の米ドル/円為替

下図は、リーマン・ショック前後の米ドル/円為替チャートです。

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元データは株価データ倉庫から取得しました。

8月中旬までは円安傾向

リーマン・ブラザースの破綻前、8月中旬までは一旦の円安傾向が続いていました。この頃は株価も少康状態となっており、リスクオンの円売り外貨買いがありました。2008年8月15日には1ドル110.65円まで円安になる局面もありました。

破綻時の為替水準

リーマン・ブラザースが破綻した2008年9月15日に、米ドル/円為替は1ドル104.65円でした。2007年6月22日には124.13円をつけていた事と比べれば、この時点でそこそこの円高水準であったと言えます。

ところがリーマン・ブラザース破綻後、金融危機が深刻化するにつれて、更なる円高が進行しました。

急激な円高の進行とその影響

為替は円高進行を続け、2008年12月17日には87.13円をつけました。わずか3ヶ月の間に、17.52円(16.74%)もの円高が進行したと計算できます。

国内の輸出産業への打撃と株安

急激な円高は、日本の輸出企業の収益を悪化させました。株も大きく売られ、2008年日経平均株価は、高値15,156.66円から安値6,994.9円まで、8,161.76円安(-53.85%)という半値以下の水準に下落しました。

国内投資家の海外資産の目減り

また、この円高は海外の資産は目減りを招きました。外国の資産へ投資していた大多数の日本の投資家は、世界の株安と通貨高による目減りとのダブルパンチにより、資産を大きく減らす経験をしました。

円高の要因

急激な円高の進行には、いくつかの要因があります。以下に列挙します。

低金利であった事

当時、世界の中で日本は低金利であった事が円買いと円高を誘発しました。

利下げ余地の少なさ

利下げ余地の少なさは、円高要因となりました。

金融危機により、各国が利下げし経済活動の刺激を試みました。この利下げは通貨安を招きます。利下げによる通貨安を避けるため、投資マネーは既に低金利の通貨に集まりました。

日本はゼロ金利政策は解除されていたものの、2008年9月の政策金利は0.5%と既に低く、他国に比べて利下げ余地は極端に少なくなっていました。そのため、他国の通貨安を恐れた投資マネーは日本に向かう事になりました。

日本の政策金利の推移(政策金利の推移)

リスクマネー還流

円キャリートレードの巻き返しが、円高に拍車をかけました。

当時、低金利の日本円を売り高金利通貨で運用を行う円キャリートレードが流行していました。ところが、金融危機による株価下落と各国の利下げが相次いだ結果、高金利通貨が通貨安の方向に振れはじめました。これにより円キャリートレードをしていた投資家は慌てて円を買い戻す必要が出てきました。多くの投資家が円を買い戻した結果、急激な円高が進行する事になりました。

日本独自の事情

金融危機では円高が進行する日本独自の事情がありました。

金融システムの健全性

他国に比べて日本の金融システムが健全であった事も、円買い・円高要因となりました。

日本は平成バブル崩壊後、不良債権処理が進み、金融システムは堅実になっていました。不動産バブル崩壊とサブプライムローン問題に揺れる米国や、2010年欧州ソブリン危機を経験する欧州と比べれば相対的に安全だと考えられていました。この事が円買いを誘い、円高要因となりました。

貿易黒字

貿易黒字であった事は、円高の要因となりました。

貿易黒字国は、輸出額が輸入額よりも多くなります。輸出者は海外で商品を売り、得た外貨を円に換金します。そこで円が買われます。2008年の円高局面において、少し円安に振れるとすぐに実需の円買いが入っていました。この実需買いの結果として、為替は一方的な円高が進行しました。

また、金融危機が深刻化するにつれて、貿易黒字国に投資マネーが集まるようになりました。黒字国と赤字国では、相対的に黒字国の方が安定性が高いと考えられたからです。

下記のリンクは、貿易収支のチャートです。2008年当時、日本の輸出も輸入も大きく落ち込みました。日本は結局年間では黒字を確保し、貿易収支は58兆円の黒字となりました。

デフレによる実質的な高金利

日本で進行していたデフレは、円買いと円高を誘いました。

デフレは財やサービスの値段が下がる現象ですが、別の見方をすれば通貨の価値が上がる現象です。このデフレにより、日本円は名目値では増えないとしても、実質的には高金利な通貨に見えました。世界各国の高金利通貨が利下げで魅力を失う中、実質的な高金利通貨である日本円は、外国人から見て魅力的な通貨に映りました。この事が、円買いと円高を誘発しました。

まとめ

リーマン・ブラザーズの破綻を発端とした世界的な金融危機であるリーマン・ショックでは、米ドル/円為替は急激な円高となりました。

リーマン・ブラザースが破綻した2008年9月15日に、米ドル/円為替は1ドル104.65円でした。危機が深刻になるにつれ為替は円高進行を続け、2008年12月17日には87.13円をつけました。わずか3ヶ月の間に、17.52円(16.74%)もの円高が進行したわけです。

円が買われた理由として、低金利で利下げ余地が少なかった事、リスクマネー還流による円買い、日本の金融システムの健全性や貿易黒字に着目した安全通貨としての円買い、デフレによる実質的な高金利に注目した円買い、が挙げられます。

リーマン・ショック時の「業種別」株価ランキング 本当のディフェンシブ銘柄とは?

リーマン・ショック時の株価のランキングを「業種別」に作成しました。当時の値動きの特徴や、ディフェンシブ銘柄の実態について投稿します。

リーマン・ショックとは?

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻しました。同社の社債や投資信託の価値毀損は金融危機を招き、世界各国の株安・債券安が進行しました。

リーマン・ショック(2008年)前後の日経平均株価チャート なぜ暴落したか?どう暴落したか?

リーマン・ショック時の業種別の株価推移

集計方法

ランキングは、リーマン・ブラザーズが破綻する前の営業日である2008年9月12日終値を基準(100%)とした業種別の株価です。

日経平均株価が最安値6,994.9円をつけた2008年10月28日および、終値で7,054.98円をつけた2009年3月10日に、リーマン・ブラザーズ破綻前との比較でどの程度の株価になったのかをまとめました。

元データは株価データサイト(k-db.com)から取得しました。

集計結果

下表は集計結果です。2009年3月10日までの下落率が小さい順に並べています。

所見

ランキング上位業種

1位空運業はほどんど下落しませんでした。リーマン・ショックでは景気の悪化から原油が供給過多になり価格が下落しました。その結果燃料費が安くなり、空運業の業績を下支えしました。ちなみに日本航空(JAL)が破綻したのはその後で、2010年の話になります。

2位電気・ガス業も下落が限られています。景気が悪化しても電気やガスは使いますので、電気・ガス業の業績は安定していました。このように、電気・ガス業はディフェンシブ銘柄の代表でした。ただし2011年福島原子力発電所の事故による放射能汚染処理や、電力自由化制度による市場競争の激化により、現在では必ずしも安定が保証された業種ではなくなりつつあります。

5位には情報・通信業が来ます。確かにIT関係の銘柄は景気敏感株ですが、一方で通信インフラ株はディフェンシブ銘柄と言えます。携帯電話の料金や、インターネット接続サービスは景気の良し悪しにかかわらず、一種の生活必需品として支払うものです。

意外にディフェンシブでない業種

12位にパルプ・紙が来ています。ティッシュもトイレットペーパーも、景気に関係なく使う物ですので、一見するとディフェンシブ銘柄に見えますが、それほどでもありません。景気悪化でDM(ダイレクトメッセージ)用の紙や業務用の段ボールの需要が減り、業績を悪化させました。

13位に医薬品が来ています。薬は景気に関係なく必要とされるため、海外の投資教本では薬はディフェンシブ銘柄の代表の1つとされます。ところが日本では、そうでもありません。金融危機では有事の円買いが発生し、海外で売り上げた薬の収益が円高により減少します。そのため医薬品は、結果的に景気にそこそこ景気に連動する株となります。

14位小売業や、17位食料品なども、安定していそうですが意外に下落しています。確かに景気悪化でも食べ物は必要ですが、安い食べ物に代替し食べるようになるために、食料品株やスーパーマーケット内需株の売り上げは下がります。

これら一見ディフェンシブ銘柄は、株価が大きく下落した際は、実力以上に連れ安でも下げやすいという特徴があります。下落相場で売る銘柄が無くなれば、それまでにあまり下がっていなかったセクターの株に売りが波及するものです。

誰がどう見ても景気敏感な業種

ランキング下位は、意外でも何でもない、誰がどう見ても景気敏感な業種です。

26位の銀行業や、31位の不動産は、景気敏感銘柄の代表と言えます。

30位の海運業は、景気悪化で運ぶものが少なくなった他、当時船が供給過多で値崩れした事が業績悪化の一因でした。