イラク戦争(2003年)開戦前後の日経平均株価チャート

イラク戦争開戦時の日経平均株価チャートを作成しました。

イラク戦争は、アメリカ合衆国が主体のイラクへの侵攻で、2003年3月20日に開戦しました。

イラク戦争前後の日経平均株価チャート

下図は開戦前後の日経平均株価チャートです。

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開戦前の状況

かつて2000年のインターネットバブルの時期に、日経平均株価は2万円台に乗っていましたが、イラク戦争開戦前はバブルは崩壊後暫く経っており、日経平均株価は8,000円を割る状態でした。イラク戦争開戦前は、戦争が始まれば米国経済へ悪影響があるとの考えから、株は更なる売りを浴びていました。

開戦後の状況

開戦後は一転、悪材料出尽くしの買いが入りました。それに加えて軍事産業が盛んな米国は、この侵略戦争によって経済活動が活発になり、ダウ平均株価は上昇を始めていました。

その後、米国の好況は日本にも波及しました。日本ではソニーショックでの株価下落を大底として、以降の日経平均株価上昇基調に入りました。

リーマン・ショック(2008年)前後の日経平均株価チャート なぜ暴落したか?どう暴落したか?

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻しました。同社の社債や投資信託の価値毀損は金融危機を招き、世界各国の株安・債券安が進行しました。

当時の日経平均株価チャートを作成しました。リーマン・ショック前後の相場動向を振り返ります。

リーマン・ショックとは?

サブプライムローン危機により不良債権を抱えた米国のリーマン・ブラザーズは、2008年9月15日に破綻しました。この破綻は、世界的な金融危機を招きました。

背景:サブプライムローン危機

2007年の米国の住宅バブル崩壊により、サブプライムローンと呼ばれる金融商品の不良債権化が進行しました。

2007年8月には、BNPパリバ傘下のミューチュアル・ファンドが投資家からの解約を凍結すると発表し、サブプライムローン関連の証券化商品が危機的状況であると世界中に知れ渡りました。株安と円高を招いたこの騒動はパリバ・ショックと呼ばれています。

リーマン・ブラザーズもサブプライムローン関連の不良債権を多く保有し、多大な損失が進行していました。

リーマン・ブラザーズの破綻前

2008年6月には、金融危機の足音は確実に近づいていました。日経平均株価は6月19日以降じりじりと下げ続け、54年2カ月ぶりの12営業日続落を記録しました。

その直後、2008年7月11日には米インディマック銀行(現在:ワンウエスト銀行)が破綻しました。その当時史上4番目、貯蓄金融機関としては2番目の規模の破綻となりました。

リーマン・ブラザーズは売却交渉も失敗

リーマン破綻直前、リーマン・ブラザーズは複数の金融機関と売却の交渉(身売り交渉)を行っていましたが、巨額で不透明な損失が見込まれるために断られていました。

2008年9月3日に韓国産業銀行(KDB)がリーマン・ブラザーズへ出資すると発表しましたが、9月10日になって一転、KDB側が出資協議を打ち切りました。

リーマン・ブラザーズの破綻

2008年9月15日に、リーマン・ブラザーズが破綻しました。

負債総額は約6,000億ドル(64兆円)と言われており、史上最大の倒産になりました。

世界的な金融危機へ

リーマン・ブラザーズの破綻の影響は全世界に連鎖し、世界的な金融危機に発展しました。具体的には、リーマン・ブラザーズが発行している社債や投資信託を保有している企業への影響、取引先への波及と連鎖が懸念され、世界各国の株安・債券安が進行した結果、未曽有の金融危機となりました。

日経平均株価チャート

リーマン・ブラザーズの破綻前後

下図は、リーマン・ブラザーズの破綻(2008年9月15日)前後の日経平均株価チャートです。

2008年9月8日から2008年10月23日にかけての株価推移をプロットしています。目印を付けた個所が、破綻翌日である9月16日のローソク足です。

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データは株価データ倉庫から取得しました。

翌営業日 9月16日

リーマン・ブラザーズの破綻の翌日である9月16日の日経平均株価は11,609.72円で引けました。前日比-605.04円(-4.95%)という比較的大きな下げとなりました。

これほどの下げにもかかわらず9月16日の大陰線は、上記のチャートでは、あまり目立っていません。日経平均株価は10月に歴史的な大暴落が多数あるために、そちらの方がどうしても目立ってしまうからです。

2008年の高値は、1月4日につけた15,156.66円ですので、リーマン・ブラザーズ破綻の翌日の時点で、年間高値からは3546.94円安(30.55%安)というかなり低い水準になりました。

これほどの割安水準ですので、逆張り投資家の買いが入っても良さそうでしたが、株価は下げ止まりませんでした。その後もオシレーター系のテクニカル指標は割安シグナルの点灯を続けながら、株価は下がり続ける事になりました。

10月の歴史的な株価大暴落

下図は、リーマン・ブラザーズ破綻の翌月である2008年10月を中心とした株価推移です。

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2008年10月は多くの歴史的大暴落が起こりました。金融危機は、リーマン・ブラザーズのような投資銀行の破綻直後ではなく、少々時間差をおいてから世界の株価を押し下げる傾向があるようです。

以下の下落率ランキングは、2016年9月時点のものです。

10月8日

日経平均株価は1万円を下回る9,203.32円で引けました。前日比952.58円安(-9.38%)です。この下落率は日経平均株価の歴代7位です。

10月10日

日経平均株価は8,276.43円で引けました。前日比881.06円安(-9.62%)です。歴代5位の下落率です。

10月16日

日経平均株価は8,458.45円で引けました。前日比1,089.02円安(-11.40%)で、歴代2位の下落率です。ブラックマンデー(1987年)に続く大暴落となりました。

前日の米国株大幅下落(ダウ平均733ドル安)を受け、先物主導の売りが集まりました。結果として裁定取引により、現物の主力株が売りを浴びました。この日、東証1部の175銘柄がストップ安をつけ、その内50銘柄が日経平均株価採用銘柄でした。なお、33業種全てが下げました。

10月24日

日経平均株価は7,649.08円で引けました。前日比811.9円安(-9.60%)で、歴代6位の下落率です。

参考:10月28日の最安値

この日、日経平均株価は、場中に7,000円を割り、最安値6,994.9円を付けました。

2008年の高値15,156.66円と比べれば、8,161.76円安(-53.85%)で、株価は半分以下の水準になりました。資産運用を行う場合、金融危機が起これば株価が半減する事を視野に入れた慎重な運用が必要だと分かります。

その後、日経平均株価は一旦回復方向へ進みました。10月28日につけた6,994.9円という値は、2008年最安値のみならず、平成バブル後の最安値になっています。以降の相場でこの値(バブル後最安値)は、支持線として強く意識されています。

リーマン・ショック

株価は一時的に回復・日銀利下げ

2008年10月28日に最安値を付けて以降、日経平均株価一時的に回復方向へ向かい反騰しました。また2008年12月19日に、日銀は政策金利である無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標を0.2%引き下げ、0.1%とする事を発表しました。利下げは、公表後直ちに実施されました。

株価は再び下落基調へ

利下げを受けて2009年1月は株高で始まるも、再び下落基調となりました。円高進行と輸出企業の業績悪化により、株は売られ続け、2009年3月までの下降トレンドを形成しました。

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そして2009年3月10日には、終値で7,054.98円をつけました。この値は終値ベースで平成バブル後の最安値として記録されました。(日中の最安値は前述の2008年10月28日につけた6,994.9円です。)

リーマン・ショックで株安になった業種

リーマン・ショックでは、銀行業・保険業・不動産業・その他金融等の、よく知られた景気敏感株は(当然ですが)大きく売られました。加えて更に、「ディフェンシブ銘柄として知られる業種」の株も、売られました。

例えば医薬品は、海外売上比率が高いため円高の影響から売られました。小売業食料品株も、代替で安い商品が買われた事による売上減から売られました。パルプ・紙も、DMや業務用段ボールの売上が減った事で売られました。

そして結局、全ての業種の株が下げました

業種別の下落率の詳細を下記の記事にまとめました。記事ではリーマン・ブラザーズの破綻直前を起点として、日経平均株価の日中最安値をつけた2008年10月28日、および終値で最安値をつけた2009年3月10日にかけての値動きを比較、集計しました。

その後、徐々に回復へ

3月10日以降、日本経済と日経平均株価は、徐々に回復していきました。ただし、2010年欧州ソブリン危機や、2011年東日本大震災といった、株式市場にとってマイナスのイベントも多く、決して一本調子の順調な回復ではありませんでした。

さらにその後、2013年以降に日経平均株価は本格的に回復します。その頃からアベノミクスのバブル相場に突入し、日経平均株価は2万円台まで買われていきました。

株安要因

リーマン・ショックでの株価大暴落には、証券市場から実体経済への影響、円高進行と企業業績悪化、テクニカル指標の性質等、多くの要因がありました。

証券市場から実体経済への悪影響

リーマン・ショックの発端である米国のサブプライムローン危機は、日本では最初は対岸の火事でした。ところがこの危機が深刻化するにつれ世界各国の金融機関の収益は悪化し、金融機関は融資に慎重になりました。結果として経済にお金が回らなくなり、世界経済は悪化の一途を辿りました。

金融危機が実体経済へ大きな悪影響を与えたわけです。

リーマン・ショックに限らず、一般的な金融危機では

  • 不良債権が増える
  • 金融機関の収益が悪化する
  • 貸し渋り・貸し剥がしが横行し、経済へお金が回らなくなる
  • 景気が悪化する
  • 株式含む証券価格が下落する
  • 不良債権が増える

という、負の循環に陥る傾向があります。

円高進行と企業業績の悪化

リーマン・ショックでは急激な円高が進行し、輸出企業の業績を悪化させました。

リーマン・ブラザースが破綻した2008年9月15日に、米ドル/円為替は1ドル104.65円でした。その後、為替は円高の進行が止まらず、2008年12月17日には87.13円をつけました。わずか3ヶ月の間に、17.52円(16.74%)もの円高になったと計算できます。

日本は当時、既に世界的にみて低金利の状態でした。そのため利下げ余地が少なく、利下げによる通貨安のリスクが相対的に低かったために、世界各国の投資マネーが日本円を買い集めました。その他にも、円キャリートレードの巻き返し(逆流)や、貿易黒字、相対的に健全な金融システム等、当時日本円が買われる理由は多岐にわたりました。

結果として急激な円高が進行し、輸出企業の業績を悪化させ、国内の景気に大きな悪影響を与えました。

テクニカル指標要因

株価下落に歯止めがかからなかった要因の1つにテクニカル指標要因があります。

いざなみ景気の反動による「下値支持線なし」

リーマン・ショックより前は、いざなみ景気と呼ばれる長期の景気拡大期でした。いざなみ景気は2002年2月から2008年2月にかけての、73か月の長期間にわたる景気拡大期です。一本調子で株価が上がっていましたので、下値目処となりそうな明確な抵抗線が存在していませんでした。

その結果、リーマンブラザーズ破綻後の、留まる所を知らぬ株価下落は、多くの投資家の狼狽売りを誘いました。なお、当時、金融ビッグバン以降に初めて流行したネット証券を利用する新参投資家が多くいましたが、数年振りの安値・バブル後最安値の更新という連日のニュースの見出しは、彼らの落ち着いた投資行動の障害となりました。

「山高ければ谷深し」という投資格言の通り、長期の景気拡大期の後は下値支持線が無くなるため、景気減速局面が訪れれば長期の停滞に繋がります。

売り仕掛けが成功しやすい土壌

連日の株価下落は、売り仕掛けが成功しやすい土壌を作りました。

通常ですと相場には逆張り型と呼ばれる、株価下落で買いを入れる投資家がいます。ところがリーマン・ショックのように株価が下がり続けた場合、逆張り型の投資家は損失が拡大し、追加投資のための資金の枯渇問題を抱えます。そして押し目買いを入れる余力を失います。ともすれば手仕舞い売りを始め、売り手側に回ります。

逆張り型の投資家が凍死家に変わり、投資行動を起こせなくなる頃には、株式市場に売り仕掛けが成功しやすい土壌が準備されました。結果として、ヘッジファンドを中心とする先物による売り仕掛けは、多くの投資家の現物株の狼狽売りを巻き込み、更なる株価下落を招きました。

まとめ

リーマン・ショックは、2008年に発生した世界的な金融危機です。

2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻し、同社の社債や投資信託の価値毀損は金融危機を招き、世界各国の株安・債券安が進行しました。

日本も例外ではなく、円高と企業業績の悪化等により日経平均株価は下落を続けました。そして2008年10月28日には最安値6,994.9円をつけ、平成バブル後の最安値を更新しました。この安値は2008年の高値15,156.66円と比べ8,161.76円安(-53.85%)に相当します。このようにリーマン・ショックでは、株価は半値以下まで売り込まれた形になりました。

最安値をつけた2008年10月28日以降に、日経平均株価は一旦は回復に向かいましたが、勢いはなく再び下落しました。下落は続き、2009年3月10日には終値7,054.98円をつけました。

その後、金融危機は収束に向かいました。2010年欧州ソブリン危機や、2011年東日本大震災を経て、株価は本格回復に向かいました。そして2013年のアベノミクスバブルにおいて株価は2万円台の大台を突破するに至りました。

リーマン・ショック前の日経平均株価続落チャート(2008年) 54年2カ月ぶりの12営業日続落の様子とは?

リーマン・ショック前、日経平均株価が下がり続けて12営業日連続で下げた事がありました。その時のチャートを投稿します。

続落チャート

下図は2008年日経平均株価の12営業日続落チャートです。



株価データ倉庫から取得したデータを加工し作成

続落開始は2008年6月19日、続落終了(最後の下落日)は7月4日でした。7月7日は反騰したため、続落日数は12営業日となりました。これは歴代3位タイの記録です。それより前の続落は、54年2カ月前、朝鮮特需の終結による反動不況により1954年4月28日から1954年5月18日にかけての15営業日続落まで遡ります。

上昇・下落記録

じりじり下がり続ける嫌な下げ

リーマン・ショック前の続落は、じりじり下がり続ける嫌な下げでした。陰線だけでなく陽線も出つつ下げ続け、押し目買いもしにくく、出来高も細っていった事を覚えています。この時、これといった下げ要因も無い代わりに、サブプライムローン問題を発端とする金融危機の足音は確実に近づいていました。

大きく下げて出来高が増え、セリング・クライマックスとなる下げの方が随分マシです。じりじりと続落となった際は、警戒すべきです。

この続落の後、2008年7月11日には米インディマック銀行が破綻しました。これは史上4番目(当時)の規模の破綻となりました。そしてその後、9月15日にはリーマン・ブラザーズが破綻し、9月・10月は株価が激しく乱高下し下がる相場に突入しました。

リーマン・ショック(2008年)前後の日経平均株価チャート なぜ暴落したか?どう暴落したか?

ワンウエスト銀行

911アメリカ同時多発テロ事件前後の日経平均株価推移

2001年9月11日にアメリカ合衆国内で、航空機等を用いた4つのテロ事件が、同時多発的に発生しました。この事件は、「アメリカ同時多発テロ事件」や「9・11テロ」等と呼ばれます。

この事件後の日経平均株価チャートを作成しました。

テロはネガティブ・サプライズであるため、短期的には株価下落要因です。ただし、地震などの大規模自然災害や、世界的な金融危機とは異なり、影響が局所的です。そのため、長期的な株価への影響は軽微です。

テロ事件前後の日経平均株価チャート

チャート

下図は、2001年9月11日前後の日経平均株価チャートです。

5営業日前の2001年9月5日から、25営業日後の2001年10月19日までの範囲をプロットしました。

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左側の一番目立つ陰線が、2001年9月12日、テロ翌日のローソク足です。

データの取得

元データは、株価データ倉庫から取得しました。

テロ事件と株価

翌日は暴落

日経平均株価は場中に下げる

テロ事件の翌日は、場中に株価が暴落しました。その結果、チャートは上図の通り大きな陰線になりました。

9・11テロ事件の翌日の日経平均株価の始値は10,140.42円で、やや安く(前日比152.53円安)始まりました。そしてその後、日経平均株価は下げ幅を広げ、始値から530.32円下げた9610.10円で引けました。場中に5.52%下げた事になります。

前日比では682.85円安、6.63%の下げです。

テロ事件はネガティブサプライズで株価下落要因

テロ事件は明確なネガティブサプライズであり、短期的には株価下落要因です。

もし戦争・紛争に発展すれば、テロが起こった国の経済に悪影響が出ます。それは日本経済に波及するかもしれません。

このように、世界の治安悪化が警戒された結果、米国のテロ事件によって日経平均株価は大きく下落しました。

事件後の日経平均株価

乱高下し、回復

テロ事件後、株価は乱高下した後に回復しました。

日経平均株価暴落の翌々日の2001年9月14日に、前日比395.8円高(+4.12%)になりました。その後2001年10月11日には、日経平均株価は10347.01円を付け、テロ事件前(2001年9月11日終値)を上回りました。

テロ事件のファンダメンタルズへの影響は少ない

結果的に、911テロの株価への影響は軽微に終わりました。

一般的に、大震災を始めとする大規模な自然災害や、破滅的な経済危機と比較して、テロ事件は局所的な事件です。そのため、経済・ファンダメンタルズへの影響の規模が小さいと言えます。結果として、テロ事件の長期的な株価への影響は軽微である傾向があります。

各種資料

911テロ事件の様子

事件の背景はwikipediaが詳しく、写真資料はNAVERまとめに掲載があります。

911テロ事件前後の米ドル/円為替

テロ事件の米国経済への影響が懸念され、米ドルは売られ、為替はドル安・円高となりました。事件前は1ドル121円でしたが、その後9月20日には116円をつけるまで円高が進行しました。9月20日以降は、影響は限定的との見方が広がり、米ドルは買い戻される事になりました。

911テロ事件の米国政策への影響

テロ事件前、世界経済は2000年のドットコムバブル(インターネットバブル)が崩壊した影響で、苦しい状況でした。当時の米大統領のジョージ・W・ブッシュ(共和党)の人気も低迷していました。

ところが911テロ事件が起こり、状況が一変します。テロは米国人の正義感を煽り、ブッシュ大統領の支持率が急回復します。その後米国は2001年10月7日にはアフガニスタン侵攻を開始、2003年3月20日にはイラク侵攻を始めました。

軍事産業が盛んな米国企業は、これらの侵略戦争により潤いました。加熱した投資マネーは住宅価格を上昇させ、サブプライム危機の原因として知られる米不動産バブル(2006年中盤頃ピーク)を形成しました。

BNPパリバ・ショック(2007年)前後の日経平均株価チャート

2007年8月9日、BNPパリバ傘下のミューチュアル・ファンドが投資家からの解約を凍結すると発表しました。これにより、米住宅バブル崩壊で値崩れしつつあったサブプライムローン関連の証券化商品が危機的状況であると世界中に知れ渡りました。そして信用不安が台頭、有事の円買いが起こり、円高が進行しました。この騒動はBNPパリバ・ショックと呼ばれています。

パリバショック ifinance

その結果、輸出企業の業績悪化が予想され、日本株は急激に売られました。特に8月17日は場中に円高が進行し、日経平均株価は前日比874.82円安(5.417%安)となりました。パリバ・ショック直前の8月9日高値17274.33円と比べれば、日経平均株価は2,000円以上の暴落となりました。

チャートの元データは株価データ倉庫から取得

この後もサブプライムローン危機は悪化しました。証券化商品の値崩れにより2008年にはリーマン・ブラザーズが破綻し、リーマン・ショックとして知られる世界的な金融危機を招きました。

リーマン・ショック(2008年)前後の日経平均株価チャート なぜ暴落したか?どう暴落したか?