サンバイオ・ショック前後のサンバイオ(4592.jp)株価チャート


サンバイオ(4592.jp)は2019年1月29日(火)17:25発表のプレスリリースで、再生細胞医薬品の臨床試験において「主要評価項目を達成できなかった」と発表しました。この発表を受けた多くの投資家が、新薬によるサンバイオの業績拡大期待が持てなくなったと考えたため、翌日以降、サンバイオ株の売り注文が殺到しました。その一方で買い注文はほとんど無かったため、連日ストップ安で売買がほとんど成り立たない(売りたい人が売れない)状態が続いていました。

また、新薬開発の難しさが意識された事で、他の創薬ベンチャー株も連想売りを浴び、総崩れとなりました。この騒動は、サンバイオ・ショックと呼ばれています。

なお、サンバイオの買い注文が売り注文を上回り始め、板が寄ったのは週明け、2月5日(火)になってからでした。

サンバイオの株価チャート

画像:サンバイオ(株) Yahoo!ファイナンス 2019年2月5日

1月30日(水)から2月4日(月)にかけては、売り注文が圧倒的に多く、ストップ安の水準でわずかに売買が成立した程度でした。2月5日(火)※1 になってようやく、買い注文が出てきて本格的な売買が始まり、大商いとなりました。

※1 東証に限らなければ、PTS市場において、2月4日(月)に本格的な売買が開始されています。

サンバイオ株の時系列

出典:サンバイオ(株) Yahoo!ファイナンス 2019年2月5日

プレスリリース発表前の1月29日、終値で11,710円だった株価は、板が寄った2月5日の始値2,440円まで下落しました。およそ5分の1に相当する-79.2%の水準まで叩き売られたわけです。

なお、出来高は、1月30日から2月4日にかけては買い注文がほとんどなかったため、文字通り「桁違いの少なさ」でした。

その後のサンバイオの株価推移

ストップ安で下がり続けたサンバイオの株価はその後も暫く回復せず、3,000円付近を前後しました。

東日本大震災(2011年)前後の東京電力(9501.jp)株価チャート


2011年3月11日(金)に発生した東北地方太平洋沖地震が引き起こした津波によって、東京電力の福島第一原子力発電所がメルトダウンし、広範囲にわたる放射能汚染が引き起こされました。巨額損失が予想されたため、東京電力の株価は暴落しました。当時の東京電力の株価チャートを投稿します。

東京電力の株の3月11日(金)終値は2,121円でしたが、翌営業日から連続ストップ安の暴落が始まりました。14日(月)、15日(火)、16日(水)はストップ安に張り付き、胴体の無いローソク足が3つ並びました。その後、3月17日(木)に大商いを伴い一旦下げ止まりました。この後、一旦は反発しますが、再び下がりました。そして、4月6日(水)には安値292円をつけました。

東日本大震災が起こる以前、電力株(特に東京電力株)はディフェンシブ株の代表だと言われていました。ところが、このように東京電力の株価暴落が起こり、「絶対に安全な株の銘柄は無い」という教訓を市場参加者に残しました。

ライブドア・ショック(2006年)前後のライブドア(4753.jp)株価チャート


ライブドア・ショック(2006年)前後のライブドア(4753.jp)の株価チャートです。

2006年1月16日(月)、証券取引法違反容疑で、東京地方検察庁特別捜査部が六本木ヒルズ内の本社・堀江社長の自宅・新宿の事業所などに強制捜査を行いました。これを受け、翌日以降のライブドア株はストップ安となりました。1月16日に696円で引けたライブドア株は、翌1月17日に596円(-14.4%)、1月18日は売買成立せず、1月19日に416円(-30.2%)、1月20日に336円(-19.2%)、1月23日に256円(-23.8%)、1月24日に176円(-31.3%)とストップ安で下がり続けました。この間のローソク足は実体(胴体)を持たなかったため、上図ではほとんど判別できません。ただし、目を凝らすと横線を5つ確認できます。

1月25日に137円(-22.2%)、1月26日には113円(-17.5%)で引け、ここでようやく下げ止まりました。強制捜査の日の終値と比べて、83.76%安の水準に相当します。つまり、ライブドア株は株価が6分の1以下になるまで叩き売られたわけです。その後、4月14日にライブドアの株式は上場廃止しました。

なお、ライブドア株の暴落は他の新興市場株に波及し、更に国内株全般に波及しました。この株式暴落事件はライブドア・ショックと呼ばれています。