景気ウォッチャー調査(2019年8月)


景気状況・見通し把握のために、内閣府が2019年9月9日(月)にリリースした景気ウォッチャー調査(2019年8月)の結果を確認しました。

以下の画像の出典:景気ウォッチャー調査 令和元年8月調査結果(内閣府)

景気の先行き判断DI(季節調整値)

景気の先行き判断DIは前月差−4.6の39.7となりました。消費税率引上げや海外情勢等に対する懸念が見られ、景気が下げ止まる兆しは見えません。

内訳では、小売り関係が、前月差−9.0の36.1と大きく下落しました。一方で前月に大幅に悪化した飲食関連が、2.1回復し、39.1となりました。

景気判断理由の概要

酷暑の落ち着きにより客足が増加するという良い材料がある一方で、マイナス材料が多くあります。まず、消費税増税の駆け込み需要の反動により、売上は減りそうです。米中貿易摩擦により、企業の設備投資が減り、製造業の受注状況も良くはなっていません。他にも、香港や韓国の情勢不安が、旅行業界にマイナスに働きます。

景気ウォッチャー調査(2019年7月)


景気状況・見通し把握のために、内閣府が2019年8月8日(木)にリリースした景気ウォッチャー調査(2019年7月)の結果を確認しました。

以下の画像の出典:景気ウォッチャー調査 令和元年7月調査結果(内閣府)

景気の先行き判断DI(季節調整値)

景気の先行き判断DIは44.3となり、前月差は-1.5と下落しました。内訳では、飲食関連が前月差が-8.7となり、急激に悪化した事が目立ちました。また、雇用関連も前月差が-3.0となり、他のカテゴリと比べて大きく悪化しました。

景気判断理由の概要

外食産業は、10月の消費税引き上げによって、家計における財布の紐が固くなると予想しています。旅行関連では、10月からの3連休が沢山あるというプラス材料がある一方で、韓国からの旅行者の減少というマイナス材料があります。

建設業は現時点で一定の受注を確保している様子です。製造業は米中貿易摩擦や中国経済の停滞の影響を受け、状況悪化を予想しています。

雇用関連は、製造業の雇用が悪化しています。

景気ウォッチャー調査(2019年6月)


景気状況・見通し把握のために、内閣府が2019年7月8日(月)にリリースした景気ウォッチャー調査(2019年6月)の結果を確認しました。

以下の画像の出典:景気ウォッチャー調査 令和元年6月調査結果(内閣府)

景気の先行き判断DI(季節調整値)

景気の先行き判断DIは45.8となり、前月差は+0.2とわずかに回復しました。プラスとなった主な項目は、住宅関連で+1.9、飲食関連で+0.7、雇用関連で+0.7です。マイナスとなった主な項目は、サービス関連で−1.0です。

景気判断理由の概要

消費税増税前の特需の発生に期待がかかっています。製造業に関しては、米中貿易摩擦や中国景気の減速の影響といった悪材料が出尽くしに向かう一方で、人員不足の問題から受注が困難になる可能性を指摘する声が出ています。

景気ウォッチャー調査(2019年5月)


景気状況・見通し把握のために、内閣府が2019年6月10日(月)にリリースした景気ウォッチャー調査(2019年5月)の結果を確認しました。

以下の画像の出典:景気ウォッチャー調査 令和元年5月調査結果(内閣府)

景気の先行き判断DI(季節調整値)

景気の先行き判断DIは45.6となり、前月差は−2.8と下落しました。家計動向、企業動向共に下落し、全体的に景気に対する不安が増す結果となりました。中でも製造業は前月差-4.1と大きく下落しました。

景気判断理由の概要

ゴールデンウィークの10連休での客の動きは良かった一方で、その反動も出てきているようです。米中貿易摩擦によって、中国向けの出荷は減少傾向が続いています。消費税増税前の駆け込み需要が出る事は、期待して良さそうです。

景気ウォッチャー調査(2019年4月)


景気状況・見通し把握のために、内閣府が2019年5月14日(火)にリリースした景気ウォッチャー調査(2019年4月)の結果を確認しました。

以下の画像の出典:景気ウォッチャー調査 平成31年4 月調査結果(内閣府)

景気の先行き判断DI(季節調整値)

景気の先行き判断DIは48.4となり、前月差は−0.2と下落しました。下落の要因として目立ったのは、サービス関連(−1.8)、製造業(−1.1)、雇用関連(−2.5)でした。なお、雇用については、米中の貿易摩擦等により景気の先行きが不透明で、採用抑制の兆しが出てきています。

景気判断理由の概要

新元号に関連した商戦や、ゴールデンウィークが10連休となった事により、消費活動は活発でした。一方で景気の先行きについては、製造業において受注量や内示が急にストップしている等、景気悪化の兆候が出ています。

平成バブル景気(1986年12月~1991年2月)前後の日経平均株価チャート


平成バブル景気(1986年12月~1991年2月)前後の日経平均株価チャートを作成しました。

平成バブル景気とは?

1986年12月から1991年2月にかけてのバブル景気を、平成バブル景気と呼びます。

平成バブル景気の発生と崩壊

平成バブル景気の始まる前、プラザ合意(1985年9月22日)によって円高が進行していました。円高は輸入品の値段を引き下げ、物価が安くなっていました。また円高は輸出産業の苦戦も招きました。この不況は円高不況と呼ばれています。円高不況の対応のために日本銀行は緩和政策を続け、利上げや景気引き締めが遅れました。

日本銀行の不必要な緩和政策が続けられた結果、そこで余ったお金が株と不動産に向かい、空前のバブル景気が起こりました。株や不動産の価値が高騰を続け、「必ず上がる」という神話が囁かれていました。

平成バブル景気で日経平均株価は史上最高値38,957.44円(1989年12月29日)をつけました。その後神話と株価は崩壊し、日本経済は長い低迷期に入りました。

景気循環と平成バブル景気

平成バブル景気の前後の景気循環を下表にまとめます。円高不況の対応のため、日銀が緩和政策を継続した事が平成バブル景気を招き、そしてこのバブルの崩壊は第一次平成不況を招きました。

時期 名前 景気循環 備考
1985年7月~1986年11月 円高不況 第10循環(後退期) プラザ合意をきっかけとした円高による不況
1986年12月~1991年2月 平成バブル景気 第11循環(拡張期) 空前のバブル景気
1991年3月~1993年10月 第一次平成不況 第11循環(後退期) バブル崩壊後の失われた30年の始まり
景気基準日付(内閣府)

平成バブル景気前後の日経平均株価チャート

平成バブル景気前後の日経平均株価チャートを以下に示します。チャートは日足で終値ベースです。株価データ倉庫から元データを取得し、加工した上で投稿しました。

日経平均株価2万円→2万5000円

平成バブル景気の始まりとされる1986年12月1日、日経平均株価は18,339円で始まりました。その後、日経平均株価の終値は1987年1月30日に初めて20,000円を突破した20,048円をつけました。1987年6月3日には25,000円を突破した終値25,049円をつけました。

日経平均株価は2万円から2万5000円になるまで、わずか4カ月と数日の短時間であったわけです。

ブラックマンデーの暴落と3万円到達

この株価高騰の後、ブラックマンデーによる一時的な暴落(1987年10月20日)がありました。ブラックマンデーでは日経平均株価は前日比で3,837円安(-14.9% )となり、歴史に残る暴落となりました。ところが株価はその後、再び上昇基調になりました。更に、ブラックマンデー前の水準を回復した後は、少々の下げでは押し目買いが入るようになりました。

そして株価の上昇基調は続き、1988年12月7日には30,000円を突破した終値30,051円をつけました。

3万円5千円到達と史上最高値

日経平均株価は1989年8月16に35,000円を超え、終値35,084円を付けました。その後1989年12月29日に史上最高値38,957.44円をつけるに至りました。

日経平均株価は20,000円を突破した1987年1月30日から、3年も経たない内にほぼ2倍にまで高騰した事になります。このように、短期間かつ勢いのある株価高騰はバブル景気の特徴です。

東京オリンピック(1964年)前後の日経平均株価チャート


東京オリンピック(1964年)前後の日経平均株価チャートを作成しました。このチャートを元に、当時の経済動向についてまとめます。オリンピック景気で日経平均株価は、オリンピック開催の1年半前の1963年4月5日に、高値1,634.37円をつけましたが、その後、株価は下落し、証券不況が訪れました。

東京オリンピック(1964年)

1964年(昭和39年)の東京オリンピックは、第18回オリンピック競技大会にあたり、1964年10月10日(土)から24日(土)までの15日間にわたり開催されました。

東京オリンピック1964(日本オリンピック委員会)

Wikipediaにも東京オリンピックについての詳しい記述があります。

日本及びアジア地域で初めて開催されたオリンピックで、また有色人種国家における史上初のオリンピックでもある。 歴史的には、第二次世界大戦で敗戦し急速な復活を遂げた日本が、再び国際社会の中心に復帰するシンボル的な意味を持つ。 過去最高の出場国数。

東京オリンピック(Wikipedia)

オリンピック前後の日経平均株価

下図は1964年東京オリンピック前後の日経平均株価チャートです。


値は株価データ倉庫から取得し、チャートに加工した上で投稿しています。

岩戸景気による高値

チャートの表示期間における高値は、1961年7月18日につけた1,829.74円です。オリンピックの3年前の時期に相当します。

岩戸景気(1958年7月~1961年12月)により株価が上昇していましたが、この日を境に景気調整を警戒した売りが入り、株価は下落しました。岩戸景気の後、昭和37年不況と呼ばれる短期間(10カ月)の不景気が訪れました。

オリンピック景気と株価の高値

1962年(昭和37年)11月から1964年(昭和39年)10月までがオリンピック景気の期間に相当し、内閣府の景気基準日付では第5循環の拡大期にあたります。

景気基準日付(内閣府)

オリンピック景気による高値としては、1963年4月5日に1,634.37円をつけました。株価が高値をつけたのは、オリンピック開催の1年半前の時期にあたる事になりました。その後は株価は下落を続けました。オリンピック景気は1964年10月まで続いたのですが、オリンピック景気の中で株価が下落を始めた事は注目に値します。株価は景気に先行して動きますので、オリンピック後を見越して早めに売り注文が入り、オリンピックの実施前に株価は下落を始めていたわけです。

オリンピック後の証券不況

オリンピックの後、証券不況と呼ばれる景気後退局面が訪れました。日経平均株価は下落を続け、1965年7月12日には1,020.49円をつけました。

証券不況ついての記述も、Wikipediaに詳しいものがあります。

高度経済成長期の只中、東京オリンピックや新幹線の整備などによる総需要の増加(オリンピック景気)で、日本経済は高い経済成長を達成していた。経済成長は同時に証券市場の成長も促し、投資信託の残高は1961年に4年前の約10倍となる1兆円を突破した。この勢いは、当時、「銀行よさようなら、証券よこんにちは」というフレーズが流行るほどだった。

しかし、1964年に東京オリンピックが終了し、金融引き締めも重なると、企業業績の悪化が顕在化した。1964年にサンウェーブと日本特殊鋼(現大同特殊鋼)が、1965年には山陽特殊製鋼が負債総額500億円で倒産した(山陽特殊製鋼倒産事件)。

証券不況(Wikipedia)